江戸初期の経石3300個出土 下呂市金山町の玉龍寺

2018年10月23日 08:01

出土した経石を手にする佐々木万方住職。各石に経文が書かれている=下呂市金山町中切、玉龍寺

出土した経石を手にする佐々木万方住職。各石に経文が書かれている=下呂市金山町中切、玉龍寺

 岐阜県下呂市金山町中切の玉龍寺で、鐘楼の下の地中から小石に経文を書いた「経石(きょういし)」が3千個以上出土した。鐘楼が建てられた336年前の江戸時代初期に埋められたとされる。経石は江戸時代以降、仏閣の地中や墓地に埋められることが多い。県教育委員会によると、県内で経石が発見されるのは珍しく、これほどの数は例がない。

 同寺は鐘楼を数メートル移動させる工事を行っており、今月中旬、作業員がショベルカーで4隅の柱の下にあった土台石を掘り出したところ、それぞれの場所から経石が固まって見つかった。

 佐々木万方住職(72)が拾い集めると3300個以上、バケツ18杯分になった。大きさは長径2、3センチから15センチほどまでさまざま。経典「大乗妙典」が墨で書き写され、1字~十数字や細かい字で書かれた長文もあった。

 「これほど多くの経石が出てくるとは思わなかった。古人の尊い祈りが込められた経石を拝むことができ、大変ありがたい」と佐々木住職。1個ずつ丁寧に土を洗い流し、本堂前に保管している。

 佐々木住職や資料によると、江戸初期に金山町にあった陣屋「下原旅館」の館主山下氏政に仕えた春田平尾が、夫が亡くなった際に菩提(ぼだい)を弔うため、1682(天和2)年に鐘楼を建立。春田と地域の農民らが書いた経石を鐘楼の下に埋めたとされる。

 群馬県長野原町の八ツ場ダム建設工事に伴い、出土した多数の経石を調査した同県埋蔵文化財調査事業団の神谷佳明資料部長(63)は「1カ所で3千個以上も見つかることは珍しい。経石は河原の石が使われ、運搬も大変。大勢の人が関わったのだろう」と話した。

 寺では出土を機に、市民にも経石を書いてもらおうと、本堂の前に石と経典を用意している。鐘楼の移転工事が終了する来年春、出土した経石と共にかめに入れ、鐘楼下の地中に埋める。

 佐々木住職は「自由に来ていただき、幸せを願って経石を供えてもらえれば」と話している。


カテゴリ: くらし・文化