幕末の美濃国、地方史研究者・小川さん小説で伝える

2018年11月30日 08:35

領地を守るために、農民と武士が協力して奔走した幕末の実話を小説にした小川敏雄さん=岐阜市夕陽ケ丘、県歴史資料館

領地を守るために、農民と武士が協力して奔走した幕末の実話を小説にした小川敏雄さん=岐阜市夕陽ケ丘、県歴史資料館

 幕末の動乱期、藩の所領を守るため、美濃国の武士と農民が協力し、次々と降りかかる困難に立ち向かった実話を、地方史研究者で岐阜県歴史資料保存協会長の小川敏雄さん(75)=本巣市曽井中島=が小説にした。タイトルは「比類なき大変ニ相成候(あいなりそうろう)」で文芸社から発行される。「岐阜の知られざる歴史を伝えたい」と話している。

 時は江戸時代最後の年、慶応4(1868)年。磐城平(いわきたいら)藩(福島県いわき市)の出先機関で、美濃国の厚見、羽栗、方県、本巣の4郡(岐阜地域)の所領1万8千石を管理していた切通陣屋(岐阜市)が舞台だ。

 藩主らは徳川家支持の姿勢を守っていたが、美濃は新政府軍が拠点とする京都から近い。陣屋は討伐の対象になることを恐れ、独自に新政府側に付く。わずか20人ほどの陣屋役人は、所領を守るため、農民とともに藩主の説得や公家らへの根回しに奔走する-という物語。

 小説は岐阜市内で見つかった、方県郡小西郷村(同市小西郷)の庄屋隠居、小島当三郎光純が残した「公用日記」を基にした。鳥羽・伏見の戦いが始まる2日前の慶応4年1月1日から翌年の明治2年4月18日までの出来事が記され、小川さんは日記を読み解いて、会話などの内容を膨らませながら当三郎の視点で時代の転換期を描いた。

 郡内の村政に当たっていた当三郎は、役人から悩み相談を受けたり、村民への説明を頼まれたりしていた。京都へも役人と出向いていた。小川さんは「江戸時代は階級社会だといわれるが、地域社会では身分を超えた協力関係があり、柔軟に農民の意見を取り入れていた」とみる。

 小川さんは県歴史資料館長や市内の小中学校長を歴任後、公用日記に出合い、同館の古文書講座などでも取り上げた。「古文書を読んだことがない人も楽しんで小説を読んでもらえたら」と話す。

 タイトルは、日記の標題脇に書かれていた、激動の1年4カ月間を振り返った当三郎の感慨を引用した。四六判、142ページ。税別1200円。12月初旬から書店で取り扱われる。問い合わせは同協会事務局、電話058(214)8561。


カテゴリ: くらし・文化