五輪で使用した跳馬、郡上市に保管 2020年へ帰京

2019年03月13日 07:36

  • 郡上八幡体操クラブで保管されてきた1964年東京五輪の跳馬器具=郡上市八幡町 
  • 脚には「TOKYO1964」のエンブレムが付いている 

 2度目の東京五輪まで500日を切り、岐阜県民の注目度も高まる中、郡上市の郡上八幡体操クラブで保管されている1964年東京五輪で使われた体操の跳馬器具が近く、日本体育大学へ寄贈されることが分かった。同大は体操ニッポンのエース白井健三選手らが在籍する名門で64年五輪の跳馬では、出身の松田(旧姓山下)治広さんが「新ヤマシタ跳び」で金メダルを獲得した。郡上から開催地東京へと半世紀の時を超え、"日本お家芸のレガシー"をつなぐ。

 「TOKYO 1964」のエンブレムが脚に輝く跳馬。縦185センチ、横34センチ、高さ135センチで、今とは形状が異なり4本脚で胴体は本革。製造メーカーによると当時、五輪用に納品したうちの1台で間違いないという。20年ほど前まで、同クラブで子どもらが練習に使っていた。森田喜芳代表(64)によると、64年東京五輪の翌年に開かれた1巡目岐阜国体で県が同五輪の体操器具を購入。その後も大会などで使用され、老朽化でほとんどが廃棄されたとみられる。

 90年にクラブを設立した森田代表が中古を探し、「東京五輪跳馬」を入手。森田代表の長男でクラブヘッドコーチの健太郎さん(39)は学生時代に東京五輪跳馬で練習し「古くて五輪で使用されたという特別な意識はなかった」と振り返る。

 昨年8月、同クラブが拠点とする市の五町社会体育施設(同市八幡町)の改修に伴い、所有器具の移動を迫られた森田代表は、県体操協会顧問で松田さんと日体大同期の國井鋭三さん(80)と共に松田さんを訪ねた。金メダリストは当時の跳馬が残っていたことを喜び、名誉教授を務める母校で展示してはどうかと提案。森田代表らが大学を訪れ、寄贈がまとまった。

 森田代表は「体操ニッポンの歴史を物語る貴重な器具。多くの人の目に触れて、体操に興味を持つ子どもが増えてほしい」と話す。日体大は「大学内で展示し、来年の東京五輪のPRに活用していきたい」としている。

 同クラブと郡上市は、改修を終えた同体育施設で早ければ5月ごろに贈呈式を行う意向で、大学側と調整していく。


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