サツキマス漁、兄の遺志継ぐ 長良川漁師・大橋修さん

2019年05月15日 08:11

  • 今年に亡くなった大橋兄弟の兄の亮一さんの思いを引き継ぐ81歳の弟の修さんが一人でサツキマス漁を続けている 
  • 捕らえたサツキマスをおけに移す大橋修さん=12日、羽島市の長良川 
  • 網から外した直後のサツキマス。朱色の斑点が並ぶ 

 伊勢湾からサツキマスが遡上(そじょう)する時季を迎え、「長良川筋で最後の職漁師」と呼ばれた岐阜県羽島市の大橋兄弟の弟・修さん(81)=同市小熊町=が、先月末から漁を始めている。70年近く二人三脚で川に向き合った兄の亮一さん=享年83歳=が亡くなって3カ月。世界淡水魚園水族館アクア・トトぎふ(各務原市)で見てもらう魚を提供するという兄の思いを継ぎ、毎夜一人で川に向かっている。

 午後6時。伊吹山に夕日がかかるころ、いつものように軽トラックで家を出る。船着き場で小舟に網を載せ、下流の漁場へとかじを操る。「川に来ると心が休まるんやわ」

 川岸で日没を待ち、宵闇の川を横切るように長さ100メートルほどの刺し網を流し入れた。「トロ流し網漁」という漁法で、流れに沿って下りながら、遡上する魚を包み込むように捕らえていく。

 全盛期には兄弟で漁期に1500~2000匹、一晩で99匹を捕らえたこともあるが、ここ数年は極端な不漁が続く。昨年はわずか49匹。先月28日に漁を始めても、1匹も掛からない日が続いた。「なんっとも、しょうない(仕方がない)。空で兄貴が笑うとるわ」

 その亮一さんが体の不調を訴えたのは、昨年末のモクズガニ漁を終えて間もない年明けだった。入院先で「川が待っとるで」と見舞うと、「おう、おう」とうれしそうだったという。だが、1月24日、脳症のため息を引き取った。

 兄弟がサツキマス漁を始めたのは、亮一さんが小学校5年、修さんが3年の時。共に職漁師になり、一年の川漁の幕開けになるのがこの漁だった。鮎やウナギ、ナマズ、テナガエビ...。あらゆる魚を一緒に取った。競い合った相棒を失い、「何よりもつらかった。もうやめようか」

 だが、2004年のアクア・トト開館当初から提供してきた展示用のサツキマスだけは取りたいと考えた。「長良川にこんな美しい魚がいることを知ってほしい」と協力を惜しまなかった亮一さんの遺志を継ぐためだった。

 気をもむ周囲をよそに川に通ううち、ようやく今月3日に最初の2匹が掛かった。13日夜までに11匹を捕らえ、うち40センチぐらいの状態のいい魚を引き渡した。

 修さんによれば、川と海を行き来するサツキマスは、長良川河口堰(ぜき)(三重県桑名市)の1995年の運用開始後、次第に数が減っていったという。「最初の2年は良かったが、あかんね。ボディーブローのようや」。河口から38キロに位置する兄弟の漁場からはせせらぎが消え、「まるで湖。すむ魚も変わってまった」と川の変化を嘆く。

 河口堰管理所によると、岐阜市中央卸売市場の長良川産の入荷は運用開始翌年の96年の1438匹をピークに減少が続き、昨年は94年以降最低の141匹。同管理所は、「入荷減は木曽三川全体の傾向で、長良川産だけが減っているわけではない」としている。

 長良川の盛衰を見続けた兄弟の思いが詰まったサツキマスの展示は今月7日に始まり、現在5匹。「トトさんで一般の人に川に関心を持ってもらって、昔のようないい長良川になったら最高やな」と修さん。漁が一段落したら、水槽を見学するのを楽しみにしているという。


カテゴリ: くらし・文化