円空仏胎内に母の形見 鏡や阿弥陀像など23点

2019年05月17日 08:11

  • 350年前に円空が彫った「十一面観音菩薩像」の胎内品を初めて取り出した浅野薫会長(左)と加藤奨前会長=羽島市上中町中、中観音堂 
  • 十一面観音菩薩像の胎内から見つかった円空の母の形見の鏡などの収納品 

 生涯で12万体の神仏像を彫ったとされる江戸時代の修験僧、円空(1632~95年)。生誕の地と伝えられる岐阜県羽島市の中観音堂(同市上中町中)の本尊で、およそ350年前に円空が彫った「十一面観音菩薩像」の胎内品が、住民らの手で初めて取り出された。幼少期に亡くした母親の形見の鏡などが見つかり、住民は「母親を大切に思った円空の心が感じられる」と話す。

 十一面観音菩薩像は、ヒノキ彫りの高さ222センチの立像で、県と市の重要文化財に指定。全国を行脚していた円空が母の三十三回忌供養のため40歳の頃に古里へ戻り、彫ったとされる。背面にはふた状の木板がはめられ、約10センチ立方の空間に、二羽の鶴と松の文様がある鏡(直径8センチ)や阿弥陀如来像(高さ5・5センチ)のほか、筆先の一部、起請文、水晶など23点が、和紙にくるんで収納されていた。起請文には「圓(円)空」の名が記されていた。

 地元ではこれまで、胎内品が存在すると考えられてきたが、開けると凶事が起こるとの言い伝えから、一度も開けなかった。だが昨年、美術史家が制作時期について通説と異なるとする論文を発表したため、昨年12月、観音堂を管理する住民組織「円空上人遺跡顕彰会」の会員と円空学会の長谷川公茂前理事長で、時期の特定を求めて開封した。

 特定する証拠は見つからなかったものの、顕彰会の加藤奨前会長(73)は「円空が修行の時も肌身離さず持っていたであろう鏡が見つかった。母に対する思いが深かったことを物語る」と受け止める。浅野薫会長(72)は「筆が入っていたことが特徴的。無事に成長したことを母に伝えたかったのではないか」と推察した。

 胎内品は6月1、2の両日、観音堂で初公開する。その後、観音像に戻すか別で保管するかは検討中という。


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