今川順夫氏死去 「丸順」創業者

2019年06月24日 08:12

決起大会で社員たちを激励する今川順夫さん=4月、大垣市新田町、市民会館

決起大会で社員たちを激励する今川順夫さん=4月、大垣市新田町、市民会館

 自動車部品メーカー丸順の創業者で、ホンダ四輪販売丸順(岐阜県大垣市新田町)会長の今川順夫(いまがわ・よりお)氏が21日に心不全のため大垣市内の病院で死去した。95歳。大垣市出身。自宅は大垣市南頰町4の115。葬儀・告別式は近親者で行った。後日、しのぶ会を開く予定。喪主は同社副会長で長男の喜章(よしあき)氏。

 1938年大垣尋常高等小学校卒。44年召集され、整備兵として旧満州(中国東北部)で終戦を迎え、旧ソ連軍の捕虜となった。48年の帰国まで約3年間、シベリアで抑留生活を送った。52年に丸順精器工業(現丸順)を創業し、自動車部品用プレス金型の製作を開始。その後、自動車用プレス部品の製造を手掛け、63年から本田技研工業との取引が始まった。71年に丸順自動車販売(現ホンダ四輪販売丸順)を創業。99年には丸順を名証2部上場へと導いた。

 日本金型工業会副会長を務めるなど業界の発展に尽力。88年にはダモイ会(シベリア抑留者友の会)を発足させ、戦友を供養した。

 86年に黄綬褒章、95年に勲四等瑞宝章、2002年に岐阜新聞大賞を受けた。


カテゴリ: 社会