水害の記憶忘れぬ 下呂・飛騨川の治水碑建立200年

2019年10月22日 08:01

建立から200年を迎えた水除経王塔。地元住民が経石を納めた=下呂市萩原町萩原

建立から200年を迎えた水除経王塔。地元住民が経石を納めた=下呂市萩原町萩原

 岐阜県下呂市萩原町萩原、飛騨川と国道41号に挟まれた場所に石塔「水除経王塔(みずよけきょうおうとう)」が立っている。洪水が頻発した飛騨川で江戸時代に住民らが建立した水害の記憶を伝える治水碑だ。台風19号による記録的な大雨で全国各地で水害が起きるさなか、建立200年に合わせ、住民らが石塔に経石を納めて過去の教訓を振り返り、防災意識を新たにした。

 水除経王塔保存会の事務局を務める今井浩平さん(61)が2年前、石塔に刻まれた「文政2年」の文字から、2019年が建立から200年に当たることに気づいた。飛騨川がよく氾濫した当時、地域の住民たちが小石に一文字ずつ経文を書いて堤防に納め、石塔を建立した。

 しかし1958(昭和33)7月、「三三災(さんさんさい)」と呼ばれる水害が発生。萩原では三つの橋が流され、飛騨川沿いの家々は浸水した。保存会の伝統文化継承事業運営委員長の林勝米さん(76)は当時、流出した橋の一つ、朝霧橋のたもとにあった自宅が流された。「今でも当時を思い出すとつらい」と話す。

 石塔も決壊した堤防とともに濁流にのまれ、江戸時代の人々が納めた経石は失われた。ただ石塔は魚釣りをしていた子どもが偶然発見し住民によって引き揚げられた。道路工事に伴い、62年に建立地から約200メートル南の現在地に移された。

 地域の水害の歴史を伝えようと保存会が発足。建立200年に合わせて経石を納めるとともに防災講演会や写真展を企画した。会場にはハザードマップも用意し、住民たちが自宅周辺の危険予測を確かめた。

 法要で自分たちが書いた経石を石塔に納めた住民らは「『想定外の災害』とよくいわれるが、萩原では三三災があった。今回の台風被害も人ごととは思えない」と、早めの避難完了や備えの大切さをかみしめていた。


カテゴリ: 社会