各務原市に残るねずみ小僧伝説 市内に善行たたえた碑

2020年01月01日 00:56

神明神社の境内にある「ねずみ小僧次郎吉の碑」(奥)。背後をJR高山線の列車が走る=各務原市那加門前町

神明神社の境内にある「ねずみ小僧次郎吉の碑」(奥)。背後をJR高山線の列車が走る=各務原市那加門前町

 今年のえとは、子(ね)(ネズミ)。ネズミといえば、岐阜県各務原市那加門前町の神明神社の境内に「ねずみ小僧次郎吉の碑」がある。JR高山線と名鉄各務原線の線路に挟まれた鎮守の森に、ひっそりとたたずんでいる。

 ねずみ小僧は、江戸時代後期に名をとどろかせた大泥棒。1832年、30代半ばで捕らえられ、江戸で市中引き回しの上、はりつけ串刺しで処刑された。大名屋敷を中心に忍び込んで大金を盗み出していたが、貧しい人たちにも分け与えたという義賊の伝説が残り、現代でも時代劇のヒーローとして親しまれている。

 「古文書に見る江戸犯罪考」(氏家幹人著)によると、ねずみ小僧は県内では大垣藩主の戸田家から420~430両、郡上藩は青山家の時に140~150両、加納藩は永井家の時に20両を盗んだ。特に大垣と郡上は多額で、全国で100回を超えるねずみ小僧の大名屋敷荒らしの中で1、2位の規模とみられる。

 各務原市にある碑は、ねずみ小僧の"手柄"をたたえて建てられたという。市町村合併前の「那加町史」によれば、この辺りは江戸時代、中山道の加納宿と鵜沼宿の間に広がる草野原。「いろは屋(源助茶屋)」という一軒の宿屋があったが、宿主夫婦は旅人を脅迫し、金銭をまき上げて殺害、遺体を古井戸に放り込む「極悪非道の鬼夫婦」だった。ある日、旅の老母と若娘が襲われるも、巡礼者にふんして泊まっていたねずみ小僧が鬼夫婦を成敗して助けたとされる。

 碑は、ねずみ小僧の"善行"を後世に伝えようと処刑後に建てたといい、その宿で悲惨な最期を遂げた旅の犠牲者を慰める供養碑もそばに立っている。


カテゴリ: くらし・文化