信長築いた石垣確認 岐阜城天守が日本最古?

2020年01月08日 08:05

  • 今回発見された織田信長が築いた岐阜城の天守台の石垣=7日午後2時20分、岐阜市、金華山 
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 岐阜市教育委員会は7日、市内の金華山山上部で行った発掘調査で、戦国武将織田信長が築いた岐阜城の天守の土台(天守台)の石垣が初めて見つかった、と発表した。市教委などによると、これまで文献では山上部の建築物に触れられていたが、今回、信長が造ったとみられる天守に相当する高層建築物が実在したことが裏付けられた。信長が築いた天守は、1579年完成の安土城が最初に築かれたといわれているが、岐阜城が最古の可能性が高くなったという。市教委は「天守の起源を考える上で重要な発見」とし、今後も調査を進める。

 市教委は昨年10月から、現在の天守西側や二ノ門周辺、岐阜城資料館南側の山上部3カ所で発掘調査を実施。今回、現在の天守西側で、天守の北西隅の石垣を確認した。

 天守台の石垣は、1910年に初代の復興天守の建設時に積み直されたものがあるが、信長期の石垣は現存しないとみられていた。だが今回、石垣の一部が地表に露出していたことから、周辺の約5平方メートルを発掘し、長さ約180センチ、高さ約70センチのチャートでできた3段の石垣が見つかった。

 石垣を斜めに積み上げているほか、石材の隙間に小さな「間詰め石」が詰められていたり、石材の合わせ目が奥側にあったりする信長期の石垣の特徴が見られ、改修した形跡もない。市教委はこれらを基に、1567年に信長が岐阜城に入城した直後に築造されたと判断した。

 江戸中期の元禄年間に描かれた絵図「稲葉城趾之図」(伊奈波神社所蔵)には、今回石垣の見つかった場所に「天守台」と記され、位置や形も合致していた。絵図によると、天守台石垣は長さ約16メートル、高さは約4メートルとされる。

 山上部の建築物について、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの著書では、信長期に山上部に豪華な座敷があったという旨の記述があったが、詳細が分からず、天守が実在したことは証明されていなかった。

 今回の調査では1600年の廃城時に埋められた天守の屋根瓦も見つかったが、信長期のものかは不明という。二ノ門や岐阜城資料館周辺でも信長期の石垣が確認された。

 滋賀県立大の中井均教授(日本城郭史)は「(岐阜城天守は)日本最古の可能性が高く、日本の城郭の変遷や天守の成立を考える上で意義がある」、柴橋正直市長は「大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』の放送の年に今回の大発見が重なったことは、貴重な出来事」と話す。

 市教委は今月14~18日に石垣などを現地で公開する。公開は午前10時~正午、午後1時~同3時。雨天中止。


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