七を「ひち」と読むのは方言 県内、地名や人名「しち」と混在

2020年02月19日 09:46

  • 加茂郡七宗町のウェブページ。タイトルには、ひらがなで「ひちそうちょう」とも表記されている 
  • 岐阜市七軒町の交差点名標識は「Hichikencho」 

 いち、に、さん、し...と数えて7番目の「七」。「なな」以外に何と読みますか? 岐阜県内では「ひち」と「しち」が混合して使われている。特に、ひちは国語辞典などに記述がない方言だが、県内では加茂郡七宗町(ひちそうちょう)をはじめ、地名や人名の正式な読み方にもなっている。方言に詳しい元岐阜放送アナウンサーの神田卓朗(たくお)さん=岐阜市=は「ひちは西日本に多い読み方。方言で岐阜県は東西分岐点にある証拠」と説明する。

 七宗町は、1955年に神渕村と上麻生村が合併して七宗村として誕生。古くから町北部の水晶山など七つの山を総称して七宗山(ひちそうざん)と呼んでおり、そこから自治体名をとった。「ひち」を正式名にした経緯について、町職員は「当たり前のことだから、読み方の経緯まで記録に残さなかったようだ」と説明し、「方言に由来する町名なので県外の人に通じないこともある」と経験談を話す。

 日本郵便の「郵便番号データ」で地名の読み方を調べると、県内では瑞穂市の十七条(じゅうしちじょう)と海津市海津町の七右衛門新田(しちうえもんしんでん)が「しち」と読む一方、七宗町のほか、岐阜市の七軒町(ひちけんちょう)と西改田七石(にしかいでんひちこく)は「ひち」読み。七軒町は交差点名標識も「Hichikencho」で表記されている。

 人名にも特徴がある。名前に「七」を使う全国的な著名人には、小説「楢山節考」で知られる作家の故・深沢七郎さん=山梨県出身=がいるが読み方は「しちろう」。対して県内には、七郎(ひちろう)さん、善七(ぜんひち)さん、孝七(こうひち)さんら、ひち読みの人が多い。

 元関市議の鵜飼七郎(ひちろう)さん(76)=同市武芸川町谷口=には苦い思い出がある。鵜飼さんは12人きょうだいの七男。「ひちろう」と呼ばれて育ったが、中学生の時、国語教師に「おまえの名前の振り仮名は間違っとる」と言われ、不安になった。そのため、若い頃は名前の振り仮名を「しちろう」と書いていた。それでも「しちと書くのは、どうしてもなじめなかった」といい、そのうちに友人らから指摘され、ひちろうに戻した。例えば、旅券のローマ字表記は現在「HICHIRO」だが、一時は「SHICHIRO」表記の旅券を使っていたという。

 国語辞典を引くと、七は「なな、ななつ、しち」とあるのみで漢和辞典でも「ひち」は見られない。方言の辞典で、主に中部地方から西日本の読み方として、ひちの記述が確認できる。

 岐阜市内で県内に住む10~80代の男女計25人に聞き取りをすると、ひち派が14人、しち派が11人。50代以上は10人中9人が、ひちで「しちなんて言うと江戸っ子みたい。八百屋お七も、おひち」(50代男性)。40代以下は15人中、しちが10人だったが、使い分けている人も多く「文字で書く時や丁寧に話す時は、しちだけど、話し言葉は、ひちになる」(女子高校生)。

 「し」が「ひ」になる例は質屋にも見られ、大垣市と多治見市には、ひらがなの看板「ひちや」を掲げる店舗もある。神田さんは「東京の言葉を母体とした共通語が広まり、方言を使わなくなっているが、共通語が絶対ではない。地域の特色として全国にPRするぐらいの誇りを持ってほしい」と呼び掛ける。


カテゴリ: くらし・文化