お菓子界に革命チーズあられ 元祖は岐阜に

2020年05月07日 10:05

  • 松福の「欧風チーズあられ」と「手巻納豆」。斬新なアイデアが岐阜から全国へ伝わった 
  • 1951年の創業当時。右端が栗本福太郎さん 
  • 現在の松福店内。さまざまなあられが並ぶ=岐阜市下土居、松福さぎやま店 

 あられやおかきにチーズをのせたお菓子。和風と洋風食材の組み合わせが世代を超えて愛されているが、元祖は岐阜市中西郷の「松福」の「欧風チーズあられ」。大手米菓メーカーも追随したこの味を発明したのは、常識にとらわれない自由な発想力だった。

◆岐阜市の「松福」 自由な発想で大発明

 松福のチーズあられは、舟形のあられにチーズを流し込んだお菓子。誕生は1971年だ。社長の栗本森義さん(63)は「苦労の連続だったようだ」と当時のことを語る。

 戦後復興期、家業だった和傘製造の下請けをしていた、森義さんの父栗本福太郎さんが新しい事業を模索。共同事業者の失踪を乗り越え、51年に独学で米菓製造を始めたのが原点。創業当時は「福あられ本舗」の名で製造・卸を行っていた。慣れないあられ作りはうまくいかず、ようやく完成したあられを問屋に持ち掛けても、なかなか買い手が付かない。同市加納朝日町の創業の地では「裏庭に餅が埋まっている」との笑い話が語り草になっていたという。

◆おつまみに

 そこで、お菓子作りという方向性から離れ、酒のおつまみになるあられの開発を目指した。そんな折、和洋菓子に詳しい職人が「チーズなんてどうだろう」と提案した。

 当時、あられの味付けといえばしょうゆ、のり、砂糖くらい。おつまみ向けに、うにやかにみそ、いかの塩辛など珍味のあられを試したが、うまくいかなかった。洋菓子の材料という固定観念があり一般家庭ではまだなじみの薄かったチーズが救世主となった。

 チーズあられは、発売当初こそ売れ行きは芳しくなかったが、5年ほどたち伸び始める。同じ頃、より顧客の手に届きやすいようにと、小売りにも乗り出す。77年、創業の地に店舗をオープンさせた。85年には店舗の屋号を「松福」に変え、現在に至る。

 チーズあられの発案以前は、包装に工夫を凝らして個性を出そうとしたが、すぐに他社にまねされて長続きしなかった。福太郎さんの「よそにまねされない、味で勝負できる商品を」という発想の大転換が、ヒット商品誕生につながった。製法特許も取得、アーモンドをのせたり、高級チーズを使ったり、バリエーションを広げて人気を不動のものとした。

◆手巻納豆も

 さらに86年、「手巻納豆」が誕生。ひきわり納豆をフリーズドライし、しょうゆなどで味付け、のりで巻いたお菓子は、納豆を片手で手軽に食べられると評判を呼び、チーズあられに並ぶ看板商品になった。

 手巻納豆ののりはその名の通り、一つ一つ丁寧に手で巻いている。ワイドショー番組の通販コーナーで全国ネットで紹介され注文が殺到したが、手巻きをやめなかった。

 「常に目指しているのは、贈られてうれしい、またお返ししたくなる、そんな温かなコミュニケーションが生まれる商品をつくること」と森義さん。人と人との触れ合いを大切にしたいという思いが、個性豊かなお菓子を生み出した。

 オンラインショップもあり全国から顧客を集める一方、対面販売を重視する。来店客にはあられとお茶をサービスし、もてなしてきた。現在は昨今の事情でサービス休止中だが、「またお客に幸せを届ける日を」と、「元祖」を掲げる岐阜の地で、福来たる日を待つ。


カテゴリ: グルメ