銘菓届け70年、後進も育成 和菓子店「香梅」閉店

2020年05月27日 08:45

「また食べたいと思われる菓子作りを最も心掛けた」と語る「香梅」店主の小森文夫さん=岐阜市加納栄町通

「また食べたいと思われる菓子作りを最も心掛けた」と語る「香梅」店主の小森文夫さん=岐阜市加納栄町通

 岐阜市で70年にわたり営業してきた和菓子店「香梅」が、26日に閉店した。2代目店主の小森文夫さん(72)は後継者が見つからず閉店を決めたが、40人にも上る全国各地の有名店の後継者を育て上げた。同市加納栄町通の同店では、開店前から多くの市民が列をなし、銘菓との別れを惜しんだ。

 香梅は1950年、小森さんの父・薫さんが創業。上用まんじゅうや季節の栗を使った和菓子のほか、鮎菓子「鮎太郎」、焼き菓子など多くの和菓子を生み出し、進物品から日常のおやつまで、幅広く愛された。

 小森さんは岐阜菓子工業会長、県菓子工業組合理事長を歴任し、県内の菓子業界の発展に貢献したほか、同市内の工場に全国から弟子を受け入れ修業の場を提供し、後進の育成にも尽力。中津川市の川上屋や多治見市の梅園など県内のみならず、愛知や三重、新潟、長崎などに弟子の店がある。

 店頭の張り紙やホームページ上のみの告知だったが、最終日は開店2時間前の午前7時ごろから多くの香梅ファンが訪れた。近くの住民(66)は「お使い物は必ず香梅。ここよりおいしい店はない。残念としか言いようがない」。岐阜市野一色の女性(58)は「焼きたての鮎菓子は柔らかくもちもちしていた。最後に味わいたい」と話した。

 小森さんも最後の鮎菓子の実演販売に立ち、800個もの出来たての味を客に届けた。閉店予定の2時間前に全ての菓子が完売したが、その後も花束を届ける常連客が相次ぎ、長年の労をねぎらった。小森さんは「修業時代から50年、休みなく働いた。やり切った」と万感の表情で語った。


カテゴリ: くらし・文化