朴葉ずしの謎 混ぜ込み式と後載せ式...調理法2通り

2020年06月29日 11:30

  • 「混ぜ込み式」の、のうさん糀村の朴葉ずし 
  • 「後載せ式」の、白川茶屋の朴葉ずし 
  • 酢漬けのマスを混ぜ込んだすしを手際よく朴葉に包む=下呂市萩原町、飛騨萩原農産加工センター「のうさん糀村」 
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◆調理が簡単、農作業の携帯食に最適/酢飯の上に具、柳田国男も食べた? 

 ホオノキの大きな葉でちらしずしを包んだ飛騨や中濃、東濃の初夏の味、朴葉(ほおば)ずし。おおよそのイメージは知られているが、実は、葉を開けてみないとわからない秘密がある。それは、酢飯に魚の具材を混ぜ込んだ「混ぜ込み式」と、具材をすべて酢飯の上に載せた「後載せ式」の2通りがあるということ。なぜ違いが生まれたのか。

 朴葉ずしは長野や奈良の一部にも伝わるが、最も広く親しまれているのは岐阜。畑や山林での仕事の合間に食べられる携帯食として重宝された。現在も初夏の定番。朴葉には殺菌作用があり、若葉の香りがすしに広がり爽やかな風味も楽しめる。

 下呂市萩原町の飛騨萩原農産加工センター「のうさん糀(こうじ)村」では5月半ば過ぎから7月上旬までが朴葉ずし作りのシーズン。同社は合わせ酢に一晩漬けたマスをほぐして炊きたての白飯に混ぜ、甘酢ショウガを載せるシンプルな「混ぜ込み式」。同社専務の都竹玲子さん(58)は「具を混ぜると手間が少ない」と話す。

◆「折衷型」も

 同社から約10キロ南下した、同市小川にある下呂ショッピングセンターピア内の「おかずやフジヨシ」。ここでは、酢飯にマスを混ぜ込むが、シイタケやアサリのつくだ煮、紅ショウガが載る折衷型の「後載せ式」を製造、販売する。「約30年前からこの作り方」と代表取締役の谷口不二雄さん(67)。さらに直線距離で約15キロ先の南東にある、加茂郡東白川村の農産物加工品販売所「白川茶屋」の朴葉ずしは、白い酢飯にサケやキャラブキ、アサリなどが載った純然たる「後載せ式」だ。

 たった十数キロ圏内で異なる調理法。県内分布を2014年、益田清風高校(下呂市)の当時の1~3年23人が研究した。同市萩原町と旧益田郡下呂町を境に調理法が変わることや、各地域特有の食材が用いられたこと、木曽川上流域のホオノキが豊富な山間部で主に食されることを発表。高校生を対象にした「地域の伝承文化に学ぶ」全国コンテストで2位に入賞した。

 当時の指導教諭で、現在は斐太高校教頭の中村浩一さん(54)は、民俗学者柳田国男が1909年、竹原村御厩野(現在の下呂市)で朴葉ずしを食べたという記録に触れ、題材に勧めた。参加した、下呂市萩原町出身の田口直幹さん(21)=滋賀県=は「郷土の歴史や文化と深く関わりがあると知り興味深かった」と当時を振り返る。

 ただ、十分に解明できなかったのが、作り方が2通りあるという謎。中村さんは携帯性に注目し「外で食べようとすると後載せ式は、はしがなければ具がこぼれて食べづらい。本来の、農作業時の携帯食にするなら、混ぜ込み式の方が食べやすく都合が良い」と推察した。

◆香りが第一

 毎年朴葉ずしを提供している、岐阜市鷹見町の日本料理店「京繁」。店主荒木繁雄さん(69)は下呂市馬瀬出身で、長年の経験から「朝夕の寒暖差が大きい地域では朴葉がよく香り、そこで朴葉ずしが作られているようだ」と話す。荒木さんが昔からなじみがあるのは混ぜ込み式だが、店ではその年の朴葉の状態や好みで、作り方や具材を変えているという。「朴葉の香りさえあれば、作り方は自由」。

 柳田国男が食したのは、サバか、マスやヘボを具にした後載せ式だったと推測される。アジメドジョウやヘボなど、地域ならではの希少な食材は現在でも使われている。朴葉ずしは岐阜の味であり、地域性や時代、個性が詰まった宝箱。朴葉の緑の鮮やかさが残る夏まで限定の味覚。今のうちに宝箱の朴葉の扉を開けて、食べ比べしてみては。


カテゴリ: くらし・文化 グルメ

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