U字形「しまだ麺」の秘密 岐阜が火付け役

2020年08月03日 08:15

  • 竹に掛かったしまだ麺を見せる長屋雅堂さん=本巣市軽海、ナガヤワークス 
  • さまざまな種類があるナガヤワークスのしまだ麺 

 「乾麺」といえば直線状の形が一般的だが、麺を半分に折ったU字形の乾麺を見たことはないだろうか。独特の技法で作られたその麺は「しまだ(島田)麺」と呼ばれている。全国的には栃木県がネーミングの発祥地だとする見方が強いものの、岐阜県内の製麺業界では岐阜にルーツがあると伝わり、確たる事実は分からない。だが岐阜の製麺会社が、当時有名になった製品名のしまだ麺のうどんを全国で販売し、日本各地の製麺会社が後を追ってしまだ麺の製造に熱を入れた時代もある。岐阜と強い結び付きがあるしまだ麺の秘密を探った。

 しまだ麺は、うどんの麺として食べるのが一般的だが、そばや冷や麦の麺もある。麺が折れ曲がったU字の部分が、文金高島田の島田まげやかんざしの形に似ていることから名付けられたとされ、縁起の良い麺といわれている。

 一般的な乾麺は両切麺といい、1・5~2メートルほどの長さに伸ばして切り出された細長い状態の生地を乾燥後、20センチ前後の間隔で裁断する。一方、しまだ麺は約40センチの長さに裁断して竹の棒に掛けて乾燥させる。乾燥後の麺は半分に折れ曲がった状態だが、ゆで上がると1本の長い麺になる。しまだ麺の製造に特化する製麺会社ナガヤワークス(本巣市軽海)の長屋雅堂製造部長(49)は、「しまだ麺は乾燥中に自重で麺が伸びることが少なく麺のこしが出る」と特長を説明。県内では現在、製麺会社4社ほどがしまだ麺を製造しているという。

◆「道三めん」全国販売、大ヒット

 発祥地について、岐阜の複数の製麺会社の関係者は「確かな資料はないが、岐阜がしまだ麺の発祥地という話が代々受け継がれている」と口にする。一方で1903年創業の製麺機メーカー春日麺機工業(各務原市那加岩地町)の春日八郎会長(72)は「静岡県の島田市周辺で作られていたからしまだ麺になったという由来も聞いたことがある」とひと言。全国乾麺協同組合連合会(東京都中央区)の担当者は「岐阜よりも栃木県の製麺会社の方が古くからしまだ麺の言葉を使って販売しているのではないか」との見解を示す。岐阜がしまだ麺の発祥地と言い切ることは、残念ながら難しいようだ。

 しかし、しまだ麺を全国に広めたのが岐阜の企業ということは間違いない。岐穀商事というかつて本巣郡穂積町(現瑞穂市)にあった製麺会社は、1972年ごろからしまだ麺の製法で作った麺を「道三めん」というブランドで全国展開し、大ヒット商品となった。春日会長は「当時は北海道や鹿児島のスーパーにも道三めんが売られていた。全国の製麺会社が売れる物に飛び付いて、相次いでしまだ麺の製造をするようになった」と振り返る。ただしまだ麺は、竹の棒から麺を外す手間が掛かり大量生産に向かないこともあり、全国的なブームは10年ほどで下火に。今では岐阜や北関東といった一部地域でのみ作られているという。

 岐阜でしまだ麺が残っていることについて春日会長は「独特のもちもちした食感が好きな根強いファンが地元にいるからだ」と言い切る。長屋部長は「珍しいしまだ麺の製法を岐阜で次世代に残していきたい」と話し、熱い思いを持って麺作りに打ち込む。


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