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「本能寺の変、打ち明けたはず」光秀、美濃出身者信頼 小和田さん語る



明智光秀を支えた美濃出身の家臣たちについて語る小和田哲男さん=岐阜市大宮町、市歴史博物館
明智光秀を支えた美濃出身の家臣たちについて語る小和田哲男さん=岐阜市大宮町、市歴史博物館

 岐阜市歴史博物館で開催中のNHK大河ドラマ特別展「麒麟(きりん)がくる」に合わせた特別講演会が20日、岐阜市大宮町の同館で開かれた。「明智光秀とその家臣団」と題して、戦国史研究の第一人者で静岡大学名誉教授の小和田哲男さんが「織田信長に抜てきされ出世していく光秀が一番頼りにしていたのは、初期から仕えていた美濃出身の家臣たちだった」と紹介した。

 小和田さんは同館名誉館長。今回の大河ドラマで時代考証を担当している。

 本能寺の変を決行するにあたり、光秀が家臣に事前に相談したかについて、小和田さんは、腹心中の腹心だった斎藤利三、明智秀満、明智光忠、藤田伝五(伝吾)と、光秀を介錯したとされる溝尾庄兵衛の名前を挙げ「この5人には打ち明けたはず。いずれも美濃出身の古参の家臣で、光秀の考えを深く理解していたので誰も反対しなかった」との見解を語った。

 また、光秀が丹波攻略の過程で在地勢力を家臣団に加えていることについて「信長は、武田家など自分の敵対者を家臣に取り込まなかったが、光秀は取り込んでいる。それを信長が黙認していたところが興味深い」と話した。

カテゴリ: くらし・文化