戦国最強「可児才蔵」町の推し武将に 出生地は御嵩町・願興寺

2020年10月08日 08:53

  • 企画展を開催中の御嶽宿わいわい館=6日、可児郡御嵩町御嵩 
  • 御嵩町役場に掲げられた可児才蔵のPRのぼり=6日、同町役場 
  • 可児才蔵を紹介するパンフレットの表紙 

 岐阜県可児郡御嵩町が、町ゆかりの戦国武将・可児才蔵のPRに力を入れている。関ケ原の戦いで武功を挙げ、徳川家康から「笹(ささ)の才蔵」の通り名を与えられた才蔵に関する史料は少ないが、企画展などを通して謎に包まれた人物像にスポットを当てている。

 才蔵は、越前の朝倉義景の側室の子。侵攻から逃げ延びた身重の側室は、御嵩町の古刹(こさつ)・願興寺で才蔵を産んだ。槍(やり)の名手で、東軍・福島正則に従って参戦した関ケ原の戦いでは17人の首を取り、自分が討ち取った目印として耳や鼻に笹の葉を入れたとされる。正則に仕える前は明智光秀にも仕官していたと伝えられる。

 町は2017年から才蔵のPRを始めた。願興寺本堂が10年がかりの解体修理に入ったことが話題になったことを好機と捉えた。それまでは、歴史ファンの中で戦国最強の武将の一人としてひそかに人気があり、ゆかりが深いことは分かっていたが、町を挙げてPRするきっかけがなかった。

 町は、役場などの公共施設や駅周辺にPRのぼりを立てた。昨年末には貴重な才蔵の武者絵を購入し、今後随時公開する。町観光協会は道路沿いに特大看板を設置し、才蔵手拭いなどのグッズも販売している。

 同町御嵩の御嶽宿わいわい館で来年3月21日まで開いている企画展「可児才蔵武功伝承館」は、PRの核になるイベントで、パネルや映像で武勇伝を紹介している。8ページの無料パンフレットは、町職員が全国各地から集めた資料を基に才蔵の生き様を解説した「才蔵入門書」のような仕上がり。町内外に配布したが、好評で残り部数は少ない。このほか、才蔵が実際に使った甲冑(かっちゅう)のレプリカを展示。このレプリカは今後もイベントで活用する。

 大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」で光秀が扱われていることも、歴史ファンの中で才蔵が話題になるきっかけになり、町にとっては思わぬ追い風になった。企画展を担当している町まちづくり課の苅谷哲治さんは「才蔵は知る人ぞ知る存在。新たに興味を持ってもらうことで、町を知る機会にしてほしい」と話している。


カテゴリ: くらし・文化