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土岐氏築城、大桑城の城門に巨石使用 信長に先行、金華山居館の30年前



「岩門」と伝えられる城門に使われていた巨石=山県市大桑、大桑城跡
「岩門」と伝えられる城門に使われていた巨石=山県市大桑、大桑城跡

 岐阜県山県市は11日、美濃国守護の土岐頼芸が16世紀前半に築いたとみられる市内の大桑(おおが)城跡の発掘調査で、「岩門」と伝えられる城門に巨石が使われていたことを確認した、と発表した。城門は土岐氏が同城に移転した1535年ごろ、頼芸が築いたとみられる。一方、戦国武将織田信長は、1567年に岐阜城に入城した頃、巨石を用いて岐阜市の金華山山麓の居館を整備しており、今回、頼芸が信長より約30年先行して巨石を使った城造りをしていたことが明らかになった。専門家は「美濃国の城造りを考える上で大きな成果」と強調する。

 大桑城跡の国史跡の指定を目指す市は、古城山山頂部にある岩の一部が露出していた岩門付近の約80平方メートルを対象に、大桑城跡で初となる発掘調査を10月19日から実施。最大で幅約2・5メートル、高さ約2メートルの石材を含む延長約7・6メートル、高さ約1~2メートルの1段5個の巨石の石垣を発見。一部の石は倒れていた。

 市によると、大きさ1メートル前後の石材3個の1段の石列のほか、3~4段の石垣も見つかった。これらはコの字形に配置され、城内外の境界を示す役割があったという。巨石の近くに、建造物の門があったとみられる。

 今回、巨石の背面に裏込め石が詰められており、信長が居館整備で用いたのと同じ技術が使われていた。さらに周辺から16世紀前半に流通していたとみられる中国製磁器なども出土し、県内では信長だけでなく、土岐氏も城造りに巨石を使っていたことが判明した。

 城の出入り口で巨石を使う技術は、福井県の朝倉氏の一乗谷の遺跡が大桑城と同時期。滋賀県立大の中井均教授(日本城郭史)は「土岐氏は当時交流が深かった越前の技術を信長に先行して美濃に導入し、城の訪問者に巨石で権威を示そうとしたのでは」と話す。

 山県市は18~20日の午前10時から午後3時まで発掘調査現場の一般公開を行う。

カテゴリ: 教育 科学