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岐阜で土岐川、愛知は庄内川...実は同じ川 呼び名の「源流」を尊重



 岐阜県恵那市の夕立(ゆうだち)山(727メートル)北麓に源流を持ち、恵那、瑞浪、土岐、多治見市を流れ、愛知県に入って伊勢湾に注ぐ土岐川、いや庄内川。県境を越えると名称が変わる珍しい河川だが、そもそも、なぜ岐阜と愛知で名称が異なるの? 調べてみると、管理しやすいように河川名を統一する流れの中、古くからの呼び名を尊重した歴史が浮かび上がってきた。

 「土岐川を日常的に大切にしていく」「庄内川の安全が確保される範囲で排水量を増強する」-。

 10月、名古屋市で開かれた国土交通省・庄内川河川事務所の庄内川流域治水協議会。岐阜、愛知県の流域市町の首長らが出席し、岐阜県側は土岐川、愛知県側は庄内川の治水対策について報告した。この辺りの地理に詳しくないと混乱しそうだが、どちらも同じ河川を指している。同事務所によると、土岐川も庄内川も正式名称。ただし、流域や水系で呼ぶ場合、土岐川は「庄内川流域(水系)」になるという。

 多治見市と愛知県の春日井、瀬戸市との県境地帯に行ってみた。川沿いの県道15号に1キロ間隔で立つ距離標は、岐阜県内では「土岐川 河口より44キロ」だったが、愛知県に入ると「庄内川 河口より43キロ」に変わった。ところが、県境はマラソンのゴールテープのように、川の流れに対して垂直に引かれているわけではなかった。国土地理院の地形図を見ると、完全に愛知県に入るまでの1・5キロ区間は、川と平行して県境が引かれている。川の西半分(岐阜県側)は土岐川、東半分(愛知県側)は庄内川? 川の両岸で呼び名が違うのだろうか。謎は深まる。

 「日本全河川ルーツ大辞典」によると、土岐川の名称は古代からのこの辺りの郡名「土岐郡」に由来するという。土岐郡を流れるから土岐川だ。ただ、多治見市には土岐川のことを「小里川」と記した江戸時代の史料も残る。1755(宝暦5)年の「多治見村見取場案内絵図」をはじめ、江戸中期のいくつかの史料で確認できるという。

 愛知県では、明治時代に複数の名称を「庄内川」に統一した歴史がある。上流から玉野川、勝川、枇杷島(びわじま)川、番場川、一色川など、川の流れに沿って土地の名で呼んでいたが、名古屋付近にあった「山田庄」内を通るという意味の庄内川に一本化した。呼び名が複数あったことについて、地理学者がまとめた旧建設省(現・国交省)の書籍「庄内川流域史」は、水運が発達していなかったことに注目。「流域の村落名を慣行的に用いていても、別に不便なことはない」と、名称を統一する必要がなかった背景を説明している。

 しかし、明治時代になると、県というまとまりができる。当時の河川管理の考え方は、現在のように上流から下流まで統一して管理する「水系一貫主義」ではなく「区間主義」。県ごとに別々に管理した。郷土史家の松尾一さん(73)=岐阜市=は「管理しやすいように、愛知県は自県の範囲で名称を統一したのでしょう。両県で調整していたら今ごろ、河口まで土岐川だったか、あるいは源流まで庄内川だったかもしれない」と推測する。

 とはいえ、県境を越えて名称が変わる河川は、全国的にもいくつかある。「統一した方が管理しやすいでしょうが、地元の声や歴史が尊重されていることが多いと思います」とは、日本河川協会(東京都)の萩原寿夫事務局長。土岐川・庄内川が二つの名称を正式にするのは、両県の流域の歴史が大切にされている証しでもあるのだ。

カテゴリ: くらし・文化 動画