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壮大な「戦国時代」出現 大河ドラマ「信長」の聖地・岐阜市



 巨大な堀、三つの城門、主殿を備えた"幻の戦国空間"が、かつて岐阜市太郎丸の山林に存在した―。1992年放送のNHK大河ドラマ「信長」に合わせて建設された「オープンセット」だ。ロケ地であり観光施設でもあったセットは、1年2カ月余で151万人が来場する一大ブームを巻き起こした。閉館後に解体されてから約30年、今では"夢、幻のごとくなり"。「麒麟(きりん)がくる」のクライマックスが近づく中、「信長」の記憶をたどった。

 約6ヘクタールの敷地に、一辺150メートルの堀が巡らされ、南は岐阜城の門、東は清洲城の門、西は那古野城の門という変則の城郭と、中央には主殿が出現。軽食や土産物店などのブースが並ぶ「楽市楽座」も造られた。岐阜市、県、岐阜商工会議所などでつくる実行委員会が建設、運営を担った。

 「バブルの活気がまだ残っていた『良き時代』。壮大なスケールで岐阜を全国にPRできた」。元岐阜市職員で当時オープンセットの事業担当者だった川瀬和幸さん(76)=大垣市=は懐かしむ。

 ドラマ放送前年の91年10月22日に一般公開がスタート。実行委発行の「大河ドラマ信長オープンセット記念誌」によると、11月は来場約9万人、12月は約4万人。92年1月1日付の岐阜新聞インタビューで、高木直実行委員長が「ドラマの放映自体が1年間にわたり岐阜県と市をPRするイベント」と意義を語ったように、年明けに放送が始まると、1月は一気に来場11万人台へと跳ね上がった。ゴールデンウイークの5月3、4、5日はそれぞれ1日で1万人超を記録。波及効果で岐阜城も当時の1日当たり過去最高の来場者数となった。

 セットでは約2カ月おきに計5回のロケが行われ、蒔田浩岐阜市長が武将役で出演。ステージショーなど多数のイベントも催された。同年12月20日までの開館421日で、見込みを大きく上回る151万2336人が訪れ、経済波及効果は推計500億円に上った。企画やPRなどで駆け回った川瀬さんは「オール岐阜の力が結集し、感動を与えられる『おもてなし』ができた。イベントを成功させるためには、やはり人と人とのつながりが大切だ」としみじみ振り返った。

 セットの解体後に植林された跡地は、四半世紀以上を経て山林に戻っていた。上空から見ると、わずかに不自然な山の形状がその名残をとどめている。「麒麟がくる」で再び大河ブームに沸く岐阜。異例の越年放送となり、本能寺の変を迎える。

【作品紹介】

 NHKが1992年1~12月に放送した大河ドラマ。正式タイトルは「信長 KING OF ZIPANGU(キング・オブ・ジパング)」で、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスの回想というスタイルで描かれた。織田信長を緒形直人、豊臣秀吉は仲村トオル、明智光秀はマイケル富岡、帰蝶(濃姫)は菊池桃子が演じた。大河ドラマで信長が単独の主人公として描かれたのは初めてだった。

カテゴリ: エンタメ 動画