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大河ドラマ「青天を衝け」に登場、天狗党の総大将 武田耕雲斎、太田宿に縁



  • 武田耕雲斎から贈られたかぶと 
  • 武田耕雲斎筆と伝わる水墨画 
  • 武田耕雲斎の和歌を刻んだ石灯ろうの歌碑=いずれも美濃加茂市太田本町 

 NHK大河ドラマ「青天を衝け」に登場している幕末の水戸藩士、武田耕雲斎(1803?~65年)のゆかりの品々が、岐阜県美濃加茂市太田本町の旧中山道太田宿にある。水戸天狗党の総大将として、この地を通った時に残したと伝わる。11日の同番組では、天狗党騒動の始まりとなる桜田門外の変が放送される予定で、地元・太田宿中山道会館では町内ゆかりの品を写真付きのパネル展示で紹介し、天狗党と太田宿の歴史に光を当てている。

 天狗党は、水戸藩の元家老の耕雲斎ら旧藩士らで構成した武装集団で、攘夷(じょうい)を唱えて元治元(1864)年秋に挙兵した。前藩主の子で京都にいた一橋慶喜に嘆願しようと、約1千人が水戸から中山道を西に向かったが、頼みの慶喜が天狗党制圧に乗り出したため降伏。耕雲斎ら約350人が、今の福井県敦賀市で処刑された。

 中津川市出身の文豪島崎藤村の歴史小説「夜明け前」にも登場するほか、美濃加茂市出身の文豪坪内逍遙(しょうよう)は、幼い時に太田宿で天狗党を見たと記述している。

 一行は同年11月29日、尾張藩領だった太田宿を通過した。尾張藩は交戦を避け、太田代官所でも通過を黙認した。同所を警備する陣屋非常守の林新右衛門らが宿を戦禍から守ろうと、先んじて中津川宿に滞在中の天狗党と交渉し、太田宿を平穏通過するよう要請。槍の矛先に白紙を巻いて静かに通過したという。この際、本陣福田家で幹部を手厚くもてなしたため、耕雲斎が返礼にかぶとと、野生のランを描いたと思われる直筆の水墨画、交渉役の林新右衛門に和歌「武士(もののふ)の思ひこめにし梓弓(あずさゆみ)ひきつめてこそ何たゆむべき」を1首贈ったと伝わっている。

 かぶとと水墨画は、旧太田宿本陣22代目当主の福田幸周(ゆきちか)さん(82)=同市太田本町=、同町内の民家の庭にある石灯ろうの歌碑は、林新右衛門の子孫にあたる林桂太郎さん=名古屋市=が、それぞれ所有している。3品とも普段は非公開のため、同会館が今回パネルを作成し、会館内に展示した。林さんは、市への寄贈の意向があるという。

 地元でも、ゆかりの品の存在を知る人は少ないといい、同会館を運営するNPO法人宿木(やどりぎ)理事長で、同市観光協会長の佐光重廣さん(71)は「大河ドラマをきっかけに、幕末の歴史の舞台となった旧中山道太田宿の歴史に興味を持つきっかけになれば」と期待する。

カテゴリ: くらし・文化 エンタメ