岐阜新聞Web

  • 美濃
  • 飛騨
  • 美濃
  • 飛騨


57歳大学野球現役「2度諦めた夢に挑む」仕事と両立、公式戦デビュー



 還暦前の大学生、白球を追う-。岐阜県各務原市在住で57歳の加藤文彦さんは、名古屋工業大の硬式野球部員だ。現在、工学部第二部の2年生。人生で2度諦めた野球のことが心残りで、硬式は未経験ながら「大学で野球がしたい」と受験、進学した。「夢は聖地・神宮球場のグラウンドに立つこと」。この春、同大が所属する愛知大学リーグ3部の公式戦デビューを果たし、夢の実現へ一歩踏み出した。仕事をしながら、大学で学び、選手として鍛錬を重ねる。

 加藤さんは2020年春、一般入試で約5倍の狭き門を勝ち抜き入学。1982年に岐阜高校を卒業、1浪後に滋賀大経済学部に進学していたが、部活動はヨット部。時を経て硬式野球部の門をたたいた。

 野球は、小4の頃スポーツ少年団で始めた。左投げ左打ちで、一塁手を任された。中学でも野球部に入ったが2年生夏に退部。社会人で草野球を再開するが、40代で「スタメン出場が減り」終止符を打っていた。

 "帰宅部"で過ごした高校時代。隣の県の、自分より1日だけ早く生まれた球児が、甲子園で躍動していた。愛工大名電高校の工藤公康投手。ノーヒットノーランを達成するなどの活躍に、憧れの気持ちを隠せなかった。加藤さんは子どもの頃、第一声が出にくい吃音(きつおん)があった。「からかわれたり靴を隠されたりのいじめに遭い、ふさぎ込んでいた」。高校でも無口のまま過ごした。以降ずっと抱えていた閉塞(へいそく)感を打ち破ったのが野球だった。

 加藤さんは今、平日は夕方まで公務員として働き、夜間の授業へ向かう日々。1日500回の素振りやジムでの筋トレをこなし、土日の全体練習に臨む。朝のランニングも欠かさない。午前4時半起床、各務原浄化センターから前渡不動山を駆け上る。「動体視力が良くなるように」と願い、頂上の寺、仏眼院の鐘を突く。

 リーグ3部といえどみな元高校野球部員で、投手の球速は135キロ以上出る。未経験者が木製バットで硬式球を打つのは簡単ではないが、「技術は及ばずとも気持ちは負けない」と自負する。今季、プロ現役最高齢野手のドラゴンズ福留孝介選手(44)がタイムリーヒットを打った。気持ちが出たという渾身(こんしん)のガッツポーズを見て、自分もこうありたいと改めて感じた。

 目下、チームの目標は2部昇格。硬式野球部長の加藤禎人工学部教授(57)=各務原市出身=も「みんながベストを尽くせば十分可能」。加藤さんはチームに貢献するため、代走での出場を視野に走塁も磨く。盗塁は足が遅くとも、配球を読んだり、投手や捕手の隙を突いたりする技術で補える。「相手の意表を突きたい」。年齢のせいにしたくないと練習を重ね、仲間とのダッシュの差も縮まった。

 背番号は「89」。大好きな王貞治氏のかつての背番号や「野球」の語呂合わせもあるが、一番の理由に「四苦八苦」を挙げる。「生も死も苦、別れも苦。両親を亡くし、人生ははかないと感じた。四苦八苦を背負って生きる決意を込めた」

 禅に由来する「即今(そっこん)充実」が座右の銘。「今この瞬間を充実させることが、将来につながる。昨日できなかったことが明日できるようになるよう、夢を持って日々挑戦していく」。子どもの頃は王氏の一本足打法をまねしたが、今はトップを低くして球を呼び込む自分らしい打撃で、夢に向かってフルスイングする。

【記者のひとこと】

 人々はなぜ、これほどまで野球に魅了されるのか。夢に向かって苦労を惜しまぬ加藤さんのひたむきな姿に答えがあるのかもしれない。仲間も慕う、練習に率先して取り組む姿や紡がれる言葉は修行僧そのもの。同じ岐阜県民の立場から、今後の奮闘を追いたい。

カテゴリ: くらし・文化 スポーツ 動画