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【42市町村まるかじり】養老町 時代超え人々癒やす滝



 新緑と清流が彩る道の先に、山を潤す養老の滝が現れる。勢いよく流れ落ちる滝のそばに立つと、水しぶきが頬をぬらす。

◆老いを養う伝説息づく

 奈良時代の女帝、元正天皇が当耆(たぎ)郡(現養老町)を訪れたのは717年。養老の美泉で「手や顔を洗うと肌が滑らかになり、痛みが消えた」。感動した天皇は元号を「老いを養う」意味の「養老」に改めた。そんな言い伝えの残る滝には現代も癒やしを求めて多くの人が足を運ぶ。

 美泉を巡っては、年老いた父親に息子が酒に変わった滝の水を飲ませ元気づけた孝子伝説も有名だ。町教育委員会によると、伝説は書物によって内容に違いが見られ、起源は定かでない。江戸時代後期には、美泉が養老の滝か近くの湧水「菊水泉」かで学者が論争を繰り広げた。謎に包まれた美泉は時代を超えて人々の心を捉え続けた。

 孝子伝説は現在も地域に息づく。「おとしよりが豊かにくらせる町にしましょう」。町議会や会合などの冒頭で読み上げる町民憲章は、「老いを養う」精神を忘れない。

 養老小(石畑)では、6年生が伝説を基にしたオペレッタを卒業記念に上演するのが、27年続く伝統。コロナ禍で行事が縮小される中、住民から「オペレッタだけは上演を」と熱望する声が寄せられた。今年2月、観客数を制限したが、児童はマスクを着けて晴れ舞台に立った。早﨑京子校長は「古里を大切に思い、思いやりや自然への感謝を学んでほしい」と願う。

◆養老天命反転地、人気再燃

 養老の滝一帯はいま、県営公園として整備されている。1880年に開園、昨年140周年を迎えた。

 開園からさかのぼること約100年。いち早く養老の観光開発を夢見た人がいた。旅館「千歳楼(せんざいろう)」を建て、1771年に養老の名水を薬草と沸かす「薬湯風呂」を開いた初代岡本喜十郎。経営は困難を極めたが、二代目喜十郎が軌道に乗せ、多くの政治家や文化人に愛された。

 千歳楼には、各界の著名人が書や絵、詩を書いた宿帳が残る。日本画家の竹内栖鳳、詩人の西条八十、洋画家の東郷青児...。筆致はどこか楽しげで、女将(おかみ)の吉岡美恵さんは「皆さん粋な時間を過ごされたんでしょう」とほほ笑む。

 公園内の「養老天命反転地」を構想した美術家の故荒川修作さんも、千歳楼に滞在した。パートナーで詩人の故マドリン・ギンズさんと手掛けた巨大美術作品は、養老の長い歴史の中でもひときわ大きな存在感を放つ。水平な地面や垂直な壁がほとんどない独特の建築。回遊する人は平衡感覚や遠近感を失う希有(けう)な体験をする。会員制交流サイト(SNS)で若者を中心に話題となり、人気が再燃している。

 元正天皇の行幸から1300年の節目となった2017年、町は「養老改元1300年祭」の開催などで活気づいた。16年から毎年、公園の利用者は100万人を超える。

 令和の時代を迎え、豊富な観光資源をどう活用するかが町の課題だ。休暇を楽しみながら働く「ワーケーション」施設の整備や、地場産品を使った土産の開発など、新たな活気を生み出す取り組みが始まる。

 古くから癒やしを求める人々を迎え、思いやりの心で美泉を守った養老町。コロナ禍の終息後には、疲れた現代人をきっと癒やしてくれる。

カテゴリ: くらし・文化 動画 政治・行政