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貯水量は浜名湖2つ分、日本一誇る徳山ダム 治水と発電担う



  • 浜名湖二つ分という日本一の総貯水量を誇る徳山ダム。西濃地域の治水や発電を担っている=揖斐郡揖斐川町(水資源機構提供) 
  • 国重要有形民俗文化財に指定されている「徳山の山村生産用具」。当時の生活を知ることができる=揖斐郡揖斐川町東横山、徳山民俗資料収蔵庫 

 揖斐川の上流、岐阜県揖斐郡揖斐川町にある徳山ダムは、総貯水量が6億6千万立方メートルと日本一を誇る。静かに水をたたえる湖面の下には人々の暮らす村があった。今年は一帯に水が入った試験たん水の開始から15年、運用まで紆余(うよ)曲折があったこのダムが果たしている役割と歴史を改めて振り返る。

 徳山ダムの構想は1957年、揖斐川上流域が電源開発促進法に基づく調査区域として指定されたことを機に、電源開発株式会社が発電用ダムとして実地調査を始めたことで持ち上がる。その後、計画は当時の建設省に多目的ダムとして引き継がれ2000年に本体工事に着手、08年に完了して運用が始まり、独立行政法人の水資源機構が管理している。

 途方もない貯水量は、浜名湖(静岡県)の二つ分で、機能は主に河川流量の管理と発電。豪雨時には洪水の調節として100年に1度の事態も想定し、下流の横山ダム(同町)と共同で流量を抑え、河川の流量が基準を下回っている際にはためている水を放出し、川の流量が減ることを防ぐ役割も果たす。

 発電は、中部電力が設置する徳山水力発電所が担当して、ダムから揖斐川に流す維持流量を活用して実施。水の落差で水車を回して発電し、最大で一般家庭約8万3千世帯分に相当する16万1千キロワットの発電能力を持っている。

 地域住民に恩恵をもたらすダムは、集落の消滅という代償を伴って出来上がった。ダムの建設予定地には八つの地区からなる徳山村があったが、建設に伴って廃村が決まり、構想が浮上して30年後の1987年には藤橋村に廃置分合された。466世帯、約1500人いた住民は揖斐川町や本巣市、本巣郡北方町などに移転。藤橋村も2005年には郡内の他村と共に揖斐川町と合併、その名が消えた。

◆旧村民の暮らし 足跡今も残る

 住民たちが暮らした足跡は、同町東横山の道の駅「星のふる里ふじはし」内の徳山民俗資料収蔵庫に残されている。施設内には村内にあった小学校の看板や当時の住民の写真のほか、「徳山の山村生産用具」として国重要有形民俗文化財に指定された5890点を収蔵、一部が展示されている。

 施設の担当者によると、山村用具の収蔵品数としては国内最多クラス。徳山村を記録するものを残そうと、各集落から選ばれた委員による文化財保存対策協議会が収集した。従事者が多かった林業で使われていたのこぎりや木材を運び出すためのそりといった品々が用途ごとに並べられ、当時の生活を伝えている。

 徳山村の様子を知ることができるもう一つの施設に、ダムの湖畔に立つ徳山会館がある。村民の要望によって建設された施設の一角には展示コーナーが設けられ、村の姿を撮り続けた故増山たづ子さんによる写真や、試験たん水によって集落がなくなっていく過程の写真といった展示を、村出身の中村治彦館長による解説を交えて見ることができる。中学生まで村で過ごした中村さんは試験たん水の初日は現地に赴き、その後は館長として沈む村を見つめてきた。「村が沈む姿に胸が詰まる思いだった。にぎやかだった村とは頭の中で結び付かなかった」と振り返る。

 施設の外に出ると、徳山湖が眼前に広がる。ここに至る経緯に思いをはせながら眺めれば、雄大な景色に深い感慨が得られるかもしれない。

カテゴリ: くらし・文化