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一度引退、夢諦めず再挑戦 ホッケー女子「さくらジャパン」GK浅野選手



一度は引退しながらも現役復帰し、3度目の五輪に挑む浅野祥代選手=17日午後、各務原市下切町、川崎重工ホッケースタジアム
一度は引退しながらも現役復帰し、3度目の五輪に挑む浅野祥代選手=17日午後、各務原市下切町、川崎重工ホッケースタジアム

 23日に開幕する東京五輪に、岐阜県ゆかりの選手では最多となる3大会連続出場を果たすホッケー女子日本代表「さくらジャパン」のGK浅野祥代選手(34)=各務原市出身、ぎふ朝日レディース=。惨敗した2016年のリオデジャネイロ五輪後に引退して一時はセラピストに転身、18年に現役復帰を果たし、代表の座を射止めた異色の経歴を持つ。「自分は一度逃げた人間」と悔恨する浅野選手の再挑戦となるホッケー競技は、25日に初戦を迎える。

◆リオ未勝利の傷深く「悔しさ限界値超えた」

 「過去最高の成績を残せると思っていた」というリオ五輪。その自信とは裏腹に、さくらジャパンは1勝もできずに予選リーグで敗退した。浅野選手は「ホッケーばかりに時間を費やしてきて、どれだけやっても、もう駄目なのではないかと思った」と、一時は取り組んできた時間すら無駄だったとも感じたという。「(許容できる)悔しさの限界値を超えた」

 16、17年シーズンは日本リーグで2年連続MVPを受賞する活躍。実力は申し分なかったが、心に残るリオの傷は深く、再び日の丸を目指す気持ちにはなれなかった。「東京でまた負けて、同じことを繰り返すのが怖かった。周囲の期待も裏切りたくない」。17年に選手も引退した。

◆現役復帰、泣きながら練習

 関心があったセラピストに転身。新天地で充実した日々を過ごしてはいたが、休日になると、やはり足はホッケー観戦に向いた。引退前に所属していたソニーHCの試合を見に行った際、学生時代から一緒にホッケーに取り組む同級生から何度も復帰を誘われ、心が揺れ動いた。「五輪を目指すことは、今しかできない」。18年11月ごろに現役復帰した。

 復帰後が順風満帆だったわけではない。約1年のブランクを埋める体力や技術を取り戻すことは容易ではなかった。男子日本代表「サムライジャパン」に多数選出された岐阜朝日クラブの選手たちとほぼ同じ練習メニューをこなした。「最初の2カ月は泣きながらトレーニングしていた」と振り返る。

◆帰ってきた守護神「東京五輪で雪辱」

 リオ後に逃げた弱い自分と決別し、東京五輪で金メダルを取りたい―。厳しい練習を支えたのは、引退を経たからこそ純粋さを増した、不屈の闘志。男子選手相手にセーブ力も高め、"帰ってきた守護神"として代表にも復帰した。今は「代表に戻って本当によかった」と感じている。

 だが、リオで味わった挫折が完全に払拭されたわけではない。「また同じことになる恐怖も正直ある」という。ただ、今回のさくらジャパンは「一人一人が自立していて、気持ちの強い選手が多い」と、最古参の浅野選手に希望を抱かせるチーム状況だという。五輪開幕は23日。浅野選手は「五輪の鬱憤(うっぷん)を晴らせるのは、五輪しかない」と力を込めた。

カテゴリ: スポーツ