【移動編集局】伝統の23台「継承」 市民一丸、決意新た
2017年04月30日15:02
写真:【移動編集局】伝統の23台「継承」 市民一丸、決意新た
木彫工の東勝廣さんと大国台の修理について話し合う宮大工の八野明さん(左)=29日午前10時10分、高山市上二之町

 岐阜県高山市で29日に開幕した「高山祭屋台の総曳(ひ)き揃(そろ)え」。春と秋の祭り屋台23台全てが集結し、ユネスコの無形文化遺産登録を祝うとともに、市民が世界に誇る祭り文化を一丸となって守り伝えていく決意を新たにした。

 「祭りは高山のまちが持つ深みの象徴。日本一と自負している修理技術を後世に残さなければ」

 屋台の修理を一手に請け負う高山・祭屋台保存技術協同組合理事長で宮大工の八野明さん(69)=同市片野町=は、55年ぶりにそろった春と秋の祭り屋台にひときわ強いまなざしを向けた。

 春の屋台「大国台」屋台組の同市上川原町は、八野さんが生まれ育った地。中学生まで屋台でおはやしの笛を吹いていた。

 宮大工だった父親の姿を見て育ち、高校卒業後、京都で3年間修業した。27歳で秋の屋台「布袋台」の修理に携わって以来、全ての祭り屋台の修理を手掛けてきた。

 修理の依頼は全国から届く。「高山は各分野の職人がそろい、飛騨の匠(たくみ)の地として名高い」と自負する。昨年大病を患い、回復後は長男の泰明さん(38)らに一線を任せる。「祭り屋台は腕のある職人と、町人の豊かな感性があって成り立つ。思い入れのある屋台を預かる責任の重みは、昔も今も変わらない」。大国台は7月から3年間にわたる修復に入る。

 秋の祭りで唯一からくり人形を持つ「布袋台」の鍋島勝雄さん(70)=同市上岡本町=は「祭りは誇りであり、承継することは使命」と語る。

 いったん高山を離れたが、26歳で帰郷してから祭りに携わる。からくりを操る綾方(あやかた)を束ねる綾元を長年担い、昨年の秋祭りから後進に譲った。この間、屋台組で活動するのは27軒から14軒に減少。「どの屋台組も携わる人が減っているのが一番の悩み」と話す。

 「祭りをどう継承していくか、みんなで考えるきっかけになる」と、無形文化遺産登録を歓迎。屋台組以外の子どもたちを屋台に乗せる試みに「祭りに関わることで、将来は高山に戻ろうと思ってもらえるのでは」と期待を込めた。

 この日、小学生の孫2人が綾方として屋台に上がった。小学1年から綾方を務める南小4年鍋島碧君(9)=同所=は「上手になったと言われてうれしい。世界中から来る人に見てほしい」と笑顔を見せた。