1世紀ぶり雨乞い踊り 住民の手で復活へ − 岐阜新聞 Web
1世紀ぶり雨乞い踊り 住民の手で復活へ
2017年09月07日08:30
写真:1世紀ぶり雨乞い踊り 住民の手で復活へ
1924年に本荘神社で撮られた雨乞い踊りの様子(浅野晃一郎さん所有)
写真:1世紀ぶり雨乞い踊り 住民の手で復活へ
広瀬桂子さんから雨乞い踊りを習う児童ら=6日午後、岐阜市此花町、本荘公民館)

 「雨おくれ」―。軽快な唄とともに児童が踊り始めた。岐阜市此花町の本荘公民館で6日、地元小学生12人による踊りの稽古が始まった。踊るのは、同市の本荘地区でかつて伝承されていた「雨乞い踊り」。児童は約100年ぶりの復活に向け、住民らと稽古に励んでいる。

 復活に取り組むのは、同地区の歴史や文化を研究する市民団体「本荘の歴史を語る会」。浅野晃一郎会長によると、踊りは日照りが続く夏に本荘神社で奉納していたが、大正末期ごろに途絶えたという。地域史研究家松尾一さんは「当時緩やかな都市化が始まり、踊り手がいなくなったのではないか」と推測する。

 当時の資料は戦争の混乱などで失われ、手掛かりは1968年に出された同地区の郷土史「うつりかわる本荘」。同書には古老の話として「太鼓を抱える人、しきりに笛を吹く人、歌い方の連中も真剣ないでたちであった。シナイを背負い、右に左に踊る」と記され、踊りで使う歌詞も掲載されている。

 踊りの復活は神社役員により2011年に始まったが、資金や情報が少ないことなどで断念。15年に同会によって本格化した。雨乞い踊りの一つで、半世紀の間、途絶え、45年前に復活した羽島郡笠松町の「円城寺の芭蕉踊」(県重要無形民俗文化財)など、他の踊りを視察するなど研究を進めてきた。

 本荘の歌詞は芭蕉踊の歌詞に似ていると分かり、市内の雅楽奏者と日本舞踊講師が昨年、芭蕉踊を参考に作曲と振り付けを考案。本荘小で同会が踊りを紹介する機会もあり、復活の動きが進んだ。

 本年度は文化庁の補助事業にも採択された。必要な太鼓や笛などの調達もめどが立ち、11月11日に本荘公民館である文化祭で披露することになった。各務原太鼓保存会(各務原市)のメンバーも協力する。

 踊り手は昔は大人だったが、「次世代へ継承させていきたい」(浅野会長)として同校児童が中心。6日の稽古では、振り付けを考案した日本舞踊講師広瀬桂子さんが指導。児童らは太鼓のバチを手にリズムを取りながら、真剣に踊りを覚えた。11月の本番まで毎週稽古する。2年の女子児童(7)は「踊りやすくて楽しい。本番までしっかり練習したい」と話した。

 踊りは来年4月の本荘神社の例祭で奉納する予定で、浅野会長は「地域で伝統文化を復活させていく。この先、何年も続く踊りにできれば」と願っている。