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新刊レビュー/2017年11月17日 12:35
『光の犬』松家仁之著 人生に意味はないという意味はあるか
 

 北海道東部の小さな町に暮らす、とある家族の物語だ。三代にわたるおよそ100年の話なのだが、この家族に四代目はない。その歴史がやがて終わってしまうであろうことが早い段階で明らかにされるので、読者は切なさや重苦しさの中で400ページを超える長編小説を読み進めることになる。

 誰が主人公というわけではなく、家族のそれぞれが視点を次々とバトンタッチしながら物語は進んで行く。しかも時系列に沿わずに様々なシーンが重ねられていくので、ここでストーリーを説明することはとても難しい。仮に誰か一人の人生だけをつまみ上げて繋げてみたところで、この小説について何かを語ったことにはなりそうもない。

 添島という姓を持つ人々が北の町に生まれ、学び、大人になり、働き、老い、死ぬ。ある人は誰かとともに子をなし、ある人はずっと独り身であり続けた。生まれた家で生涯を終えた者もいれば、故郷を離れ都会に出たまま若くして命を落とした者もいた。その一人一人の人生に、そして同じ血を持つ人々の連なりに意味はあるのか。そんなことを直接的にはなに一つ語らないことで、結果的には饒舌に語っていることになっている小説だと思う。

 添島家ではある時から北海道犬を飼い続けていて、家族の面々はそれぞれのやり方で犬たちを愛でてきた。血統書という紙で出自の確かさを証明されている犬たちだが、彼ら自身は自らが誰の子であり、どのような血筋であるかを意識しているようには見えない。ただ本能のままに食い、遊んでいるかのような犬たちは、本能のままに生殖活動へと向かう。

 犬と比べてどうだということを言っているわけでは決してないのだけれど、人生も家族も分からないことだらけだと、登場人物も読者も途方に暮れることになる。確かなのは時間とともに刻々と変わっていき、やがて終わるということ。それぞれの人生にどれほど鮮烈で活き活きとした場面があろうと、死とともにまるでなかったことのようになる。

 悲しむべきでも喜ぶべきでもない。だから美しいのだと開き直るのもどこかに無理はあるし、そういうものなのだと受け入れる前にほとんどの人は死ぬ。だとしたらせめて、営みのすべてを包み込むような大きな存在を感じたい。そこへのかすかな希望だけが小説全編を薄く照らしている。

(新潮社 2000円+税)=日野淳