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エンタメ・フロントライン/2018年02月22日 17:27
「村上春樹を読む」(77)地下鉄サリン事件と1995年以降の世界 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』
『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』(2010年)
 

 「外国人によるインタビューは面白いなぁ」と思いながら『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』(2010年)を読んでいました。この本の中には、私と文芸評論家の湯川豊さんが聞き手となったインタビュー「『海辺のカフカ』を中心に」も含まれていますが、私たちのインタビューのことをここに記したいわけではなく、外国人インタビューアによるものが、何と言ったらいいのか……インタビューの湿度が乾燥していて……というと、ちょっと変でしょうか、ともかくズバリと尋ねていて面白いと思い、今年、再読しておりました。

 もちろん、インタビューアの力があるからということだと思いますが、英語での応答ということも反映しているのかもしれません。その乾いたやりとりが面白いのです。

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 例えば、こんな質問と答えです。

 ジョン・レイが「THE PARIS REVIEW」のために2000年に行った「何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない」というインタビューです。それに、次のような質問があります。

 「マジック・リアリズムの基本的なルールは、物語の幻想的な要素に読者の目を向けさせるなということです。ところがあなたはこのルールを堂々と破っている。あなたの登場人物たちは不思議なことがあれば『これは不思議だ』と公言するし、読者の関心をわざわざそこに引き寄せようとさえする。そのようなことをする目的は何ですか? どうしてそういうことをするのだろう?」

 と問うています。これに対して村上春樹は「それはとても面白い質問だなあ。ちょっと考えさせてください……うん、それはたぶん、それがそのまま僕の偽らざる感想だからじゃないかな」と答えて、さらにカフカやガルシア=マルケスの書いている小説は、よりクラシカルな意味合いで「文学」なんだと思います、と述べたあとで、自分が書く物語はよりアクチュアルで、より現代的な形のものであることを語っています。その世界を撮影所のセットを例にして、村上春樹はこんなふうに説明しているのです。

 「そこではあらゆるものが作り物です。壁の書棚や、本や、そういうあらゆるものが。壁ははりぼてです。クラシックな意味合いでのマジック・リアリズムにおいては、それらはみんな本物という取り決めで扱われることになる。でも僕のフィクションにおいては、もしそれが作り物であれば、僕はそれを作り物だと言ってしまいたい。本物でないものを本物であるかのように見せかけるのではなくてね」

 そう答えています。そこから19世紀から20世紀の初めにかけて、小説家の役割は本物(リアル・シング)を提供することにあったが、いま自分たちが住んでいる世界はフェイクの世界。テレビで見るのは、フェイクの夕方のニュース。僕らが闘っているのもフェイクの戦争であり、国を治めているのもフェイクの政府。でも我々はそのフェイクの世界に、そのフェイク性との関わり方の中に、リアリティーを見出している。

 「僕の書く小説もそれと原理的に同じです。僕らはフェイクのシーンを歩いて通り抜けています。でも歩いている僕ら自身はまったくフェイクではない。リアルな存在です。それがひとつのコミットメントであるという意味合いにおいて、そのシチュエーションはリアルなものです。それは真実の関わり(リレーションシップ)を有しているものです。僕の書きたいのはそういうことだと思う」と村上春樹は話しているのです。

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 インタビューアの力かもしれませんし、言語や文化の違いかもしれませんが、このインタビュー集には外国人のインタビューアの質問に、このように村上春樹が「ちょっと考えさせてください……」と言ったり、あるいは「長い沈黙」のあった後に話し始める場面が何度かあるのです。

 「長い沈黙」の例をいくつか紹介しましょう。

 まずローラ・ミラーが「Salon.com」のために1997年に行ったインタビュー「アウトサイダー」では、村上春樹が1991年から1995年にかけて米国に4年半住んだことについて、「遠く離れてみて、あなたの目に日本はどう映りました?」と質問すると、村上春樹は「(長い沈黙)それを説明するのは難しいです」と話し出しています。

 さらにジョナサン・エリス、平林美都子が「THE GEORGIA REVIEW」の2005年秋号で行った「夢の中から責任は始まる」でも「批評家たちがあなたの作品を日本的ではないと形容してきたことについて、かつてあなたは不満を表明したことがありますね。国民的な文学のスタイルといったものがあると思いますか?」と問われた村上春樹が「(長い沈黙)」のあと「僕はもちろん日本語で小説を書いています」と話し出しています。

 これら「長い沈黙」のあとの村上春樹の発言はぜひ、このインタビュー集を読んでほしいと思います。興味深いですよ。

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 さて、今回の「村上春樹を読む」は、ここまでが、長い前置きみたいなものです。

 ここに書いてきたような具合に『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』を再読して、外国人によるインタビューを楽しんでいたのですが、ちょうどその時、今年、1月下旬のことですが、最高裁が、1995年の地下鉄サリン事件で殺人罪などに問われ、上告が退けられた元オウム真理教信者高橋克也被告(59)の異議申し立てを棄却する決定をして、高橋被告の無期懲役が確定しました。棄却は1月25日付でした。

 これによって、1989年11月4日の坂本堤弁護士一家殺害事件、1994年6月27日の松本サリン事件、1995年3月20日の地下鉄サリン事件などの、29人が死亡した一連の事件を巡る教団関係者の裁判が終わりました。教祖の麻原彰晃=松本智津夫死刑囚(62)ら13人が死刑判決、高橋被告を含め6人が無期懲役という裁判結果となりました。

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 そして、このニュースに接すると、この『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』が、別な角度から自分に迫ってきました。

 この本を読んでいくと、オウム真理教信者による地下鉄サリン事件について、触れた発言がとても多いのです。

 例えば、冒頭に置かれたローラ・ミラーが1997年に行ったインタビュー「アウトサイダー」では、その質問に応答する形ではなく「今春、地下鉄サリン事件を題材にした本(『アンダーグラウンド』)を出しました。一九九五年に東京で起こった事件です。その日地下鉄に乗り合わせていて被害にあった人たちを、全部で六十二人インタビューしました。言うなればみんな『普通の人々』です。月曜日の朝に、たまたま地下鉄に乗っていた人々です。八時半かそれくらい、ほとんどは東京の中心地に勤めに向かう人々でした。平均的日本人と言っていいかもしれません。僕はそういう人々の話を直接聞きたかったのです」「だから一年がかりで、一人一人に直接会って話を聞きました。それは僕にとってとても大きな体験だった」「僕は彼らに強い共感のようなものを抱くことになりました」などと、村上春樹は自分から語っています。

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 ジョナサン・エリス、平林美都子のインタビューでは「確かにあなたは『アンダーグラウンド』で、物語の中には互いに矛盾しているものもあるが、それでもそれは記憶として真実なのであり、体験として真実なのだということを述べていますね」とジョナサン・エリスに問われて、村上春樹は次のように答えています。

 「そうです。彼らのナラティブのうちにあるものが誤った情報であるとしても、それは問題にはなりません。インフォメーションを総合したものが、その総体が、ひとつの広い意味での真実を形成するからです。僕は彼らの語る語り口に強い印象を受けました。そして心を動かされました。それは僕にとっては新しい体験でした。人の話にただじっと深く耳を傾けるということがです。その体験のあとで僕は変化を遂げたと思います」

 まだまだ、この『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』の中に、オウム真理教信者による地下鉄サリン事件の被害者らに取材した『アンダーグラウンド』(1997年3月20日)についての発言があることは、このインタビュー集を読んでいただければわかります。

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 そして、地下鉄サリン事件が起きた1995年の1月17日には阪神大震災があり、6434人もの方が亡くなっています。村上春樹は2000年にこの阪神大震災をテーマにした短編集『神の子どもたちはみな踊る』を刊行しているのですが、その翻訳が、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件のすぐあとにアメリカで出版されて、「アメリカの読者からたくさんの手紙」をもらったそうです。

 そのことに続いて、村上春樹は「地震もワールド・トレード・センターも状況はある意味で同質です。もうソリッドな地面は我々の足元にはない。これがそこに共通している認識です。そのアフターマスは今でも続いています」と語っています。アフターマスは余波のことです。

 それを受けて、ジョナサン・エリスが「つまり、地震はメタファーになるということですか?」と質問しているのですが、村上春樹は次のように答えています。

 「そのとおりです。一九九五年という時点で、日本人はもう日本という国の安全性について、全幅の信頼感を持つことができなくなっていました。経済的にも、また社会的にも。地震と地下鉄サリン事件が、その不確実性の象徴のようにもなりました。その不確実性は今もなお続いています。この十年間(デイケイド)は『失われた十年』だったと言われています。僕もまた同じように感じています。一九三〇年代のアメリカと状況が似ているかもしれません。でもその中で我々は新しい価値と、新しい生活の規範を模索しています。それはとりもなおさず、僕がフィクション・ライターとしてこの十年間模索してきたことでもあります」

 この村上春樹の「十年間(デイケイド)」「失われた十年」「十年間模索してきた」という、この「十年」が強く印象に残りました。

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 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』の副題部分に「村上春樹インタビュー集1997−2009」とあります。村上春樹はあまりインタビューを好んで受ける人ではありません。(ただし、インタビューされることを引き受けたら、どんな質問にも逃げずに答えますし、少し答えるのが難しい問いにも、よく考え抜かれた答えがしっかり返ってきます。それは、このインタビュー集でもよくわかると思います)

 確かに、好んでインタビューを受ける作家ではないのですが、それでも「1997年」以前にもたくさんのインタビューがあったと思います。

 『アンダーグラウンド』は地下鉄サリン事件からちょうど2年後の1997年3月20日の刊行ですが、このインタビュー集が「1997年」以降に限られているのには、まず地下鉄サリン事件の被害者らが語る体験を記した『アンダーグラウンド』の刊行を意識したものだからなのでしょう。さらに「村上春樹インタビュー集1997−2009」の副題も、刊行時点までのインタビューを入れたと考えられますが、ピッタリ「十年」でないにしても、「十年間(デイケイド)」「失われた十年」を意識して、「フィクション・ライターとしてこの十年間模索してきたこと」を反映した区切り方ではないかと感じられるのです。

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 そのことを確認するかのように、この『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』の「あとがき」に「本書に収められたインタビューは、副題にもあるように、一九九七年から二〇〇九年にかけて行われたものである。作品でいえば、『アンダーグラウンド』刊行(1997/3)直後から、『1Q84』のBOOK1、BOOK2を書き終えた(しかしまだ刊行されていない)時期(2009/3)にあたっている」として、そのあいだに刊行された主な作品を村上春樹が列挙して書いています。それらを刊行順に記しておきましょう。

 (1)『若い読者のための短編小説案内』1997年(2)『約束された場所で』1998年(3)『スプートニクの恋人』(1999年)(4)『神の子どもたちはみな踊る』(2000年)(5)『シドニー!』(2001年)(6)『海辺のカフカ』(2002年)(7)『アフターダーク』(2004年)(8)『東京奇譚集』(2005年)(9)『走ることについて語るときに僕の語ること』(2007年)

 以上の9作です。それ以外に翻訳書を10冊以上出しているそうです。正直、すごい仕事量ですね。

 続けて村上春樹は「考えてみれば、『アンダーグラウンド』から『1Q84』に至る十二年間は長いといえば長かったし、短いといえば短かった」と書いているのですが、十二年間の自分の仕事を列挙している部分に、ジョナサン・エリスに語った「一九九五年」以降の「十年間(デイケイド)」「失われた十年」と「僕がフィクション・ライターとしてこの十年間模索してきたこと」が具体的に記されているのだと思います。

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 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』(2010年)は、その文庫版が2012年に刊行された際、副題の部分が「村上春樹インタビュー集1997−2011」に変更されました。2011年にカタルーニャ国際賞を受けて、バルセロナの通信社のために行われたマリア・フェルナンデス・ノゲラによるインタビューが加わったからです。

 でも、そのインタビューのタイトルは「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきです」という「十年間(デイケイド)」を意識したものになっているのです。村上春樹が「十年」を単位にさまざまなことを考えていることが、よくわかるインタビュータイトルだと思います。

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 さて、村上春樹が『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997−2009』の中で、繰り返し触れている地下鉄サリン事件の被害者らに聴いた『アンダーグラウンド』ですが、この本については、私としては、ある思いがあります。

 この『アンダーグラウンド』刊行を知り、その前月、2月7日に特報したのです。以来、機会があると、この地下鉄サリン事件の被害者たちの話を少しずつ読み返しています。上下2段、700ページ以上もある分厚い本で、造本が難しかったのか、繰り返し読んできたためなのか、私の持っている『アンダーグラウンド』の単行本は、壊れかけていますが、少しずつ読んでいると、一気に読むのとは、異なる感想もあります。

 このコラム「村上春樹を読む」では、これからの何回か、『アンダーグラウンド』やその後の村上春樹の仕事を通して、「悪」の問題というものについて考えてみたいと思っています。(共同通信編集委員 小山鉄郎)