オグリの里
NARグランプリ表彰、笠松の名馬たち(中) 吹き荒れたライデン旋風

2018年03月02日 13:37

桜花賞を目指して笠松で調教を行うライデンリーダー。NARグランプリ1995の「年度代表馬」に輝いた

 携帯電話がまだ普及していなかった時代。ライデンリーダーが桜花賞に挑戦する前のことだ。管理馬の世話で不在だった荒川友司調教師から折り返しの連絡があり、当時必需品だったポケットベルが鳴ったことを懐かしく思い出した。桜花賞トライアルでの圧勝に自信を深め、「調教のほか、笠松での出走も考えている」と、うれしそうに話していた荒川調教師。2000年に57歳の若さで亡くなられたが、ワカオライデン産駒を率いて大活躍。「笠松ブランド」の実力を全国の競馬ファンや関係者にアピールした。

 ■荒川調教師とワカオライデン軍団快進撃

ワカオライデン軍団の快進撃で「最優秀調教師」に5度選ばれた荒川友司調教師

 NARグランプリ1995では、ワカオライデン産駒のライデンリーダーが「年度代表馬」となり、管理した荒川調教師が「最優秀調教師」の栄誉を受けた。表彰式では、笠松の人馬の活躍がたたえられ、大きな拍手を浴びたことだろう。「馬と一緒に受賞できることはめったにないこと。笠松と関東地区では賞金額が違うので、最優秀調教師の受賞は無理かなあと思っていたが」という荒川調教師。「中央競馬に挑戦したことは、自分にとっても大変プラスになったし、この賞は皆さんに認めてもらえた証し。ライデンリーダーのおかげだが、彼女とともに受賞できて、すごくうれしい。今後もGⅠ制覇に向けて、笠松から中央競馬に挑戦し続けていきたい」と喜びを語っていた。

 90年代、ワカオライデン軍団を率いて勝ちまくり、地方競馬を元気づけた荒川調教師。ホワイトナルビー産駒のオグリ一族(鷲見昌勇厩舎)とともに、JRA勢との重賞レースでもしばしば「野武士の一撃」を放って圧倒した。笠松のトップクラスの馬は、中央の舞台でも十分に通用していたし、笠松の調教師の手腕が光り輝いていた黄金時代といえよう。荒川調教師は、最優秀調教師を5度受賞した。

 ワカオライデン(父ロイヤルスキー、母オキワカ)は、叔父には有馬記念を制したテンポイントがいる血統。中央の朝日チャレンジカップを勝ったが、脚部不安のため、地方に移籍。金沢を経て笠松の荒川厩舎に転入し、名古屋大賞典や東海菊花賞など重賞を計5連勝。東海ゴールドCでは、フェートノーザンに敗れて2着だったが、89年のサマーCを勝って引退し種牡馬入り。97年、99年には種牡馬として地方競馬のリーディングサイアー(産駒の獲得賞金合計1位)を獲得。ライデン旋風が吹き荒れた。

 ■全日本サラブレッドカップで上位独占

NARグランプリ1996の「2歳最優秀馬」に選出されたシンプウライデン

 ワカオライデンの初年度産駒から、93年の東海ダービー1、2着となったサブリナチェリー、ライデンスキーなどの活躍馬が出て、3年目にはライデンリーダーが出現した。96年、ファンへの公募で馬名が決まったシンプウライデンもワカオライデン産駒。当時「笠松に新風を吹き込んでくれそうで、格好いい名前だなあ」と感じさせてくれた馬で、ファンの期待通りに強かった。笠松、名古屋で5連勝後、シーキングザパールが勝った中央のGⅡ・デイリー杯3歳S(現2歳)に挑戦。7着に敗れたが、名古屋優駿(GⅢ)では中央馬4頭を圧倒して優勝。NARグランプリ1996の「2歳最優秀馬」に輝いた。

 トミケンライデン(安藤光彰騎手)は、97年の笠松・全日本サラブレッドカップ(GⅢ)に挑戦。ナリタブライアンが勝った日本ダービーで4着と健闘したフジノマッケンオー(吉田豊騎手)を撃破し、優勝を飾った。2着・テイオーライデン、3着・アメージングレイスと、ワカオライデン産駒が1~3着を独占。絶頂期ともいえる「ワカオライデン軍団」の強さを見せつけた。

 シンプウライデンとトミケンライデンは同世代のライバルで、笠松・ゴールドジュニア(皐月賞トライアル代表選定競走)では直接対決。安藤兄弟が騎乗し、兄・光彰騎手の2番人気トミケンライデンが勝ち、中山・スプリングSには弟・勝己騎手で挑んだが、12着に終わり、皐月賞出走の夢はかなわなかった。トミケンライデンはNARグランプリ1997の「3歳最優秀馬」の表彰を受けた。

 98年、トミケンクインは川原正一騎手の騎乗で、TCK女王盃(大井、GⅢ)初代女王の座をゲット。中団から差し切ったレース映像を笠松場外で見て、興奮したことをよく覚えている。笠松勢ではライデンリーダーの「報知杯4歳牝馬特別」以来となる、中央勢参戦の重賞レースでの勝利となった。荒川調教師は「川原君が本当にうまく乗ってくれた」とたたえた。荒川厩舎では、このほかマックスフリート(父ダンサーズイメージ)が、90年の全日本サラブレッドカップや東海菊花賞を制覇。オグリキャップと同じ芦毛馬で「女オグリ」とも呼ばれた。荒川調教師は地方競馬通算1384勝を挙げ、重賞レースでは103勝(中央1勝含む)を挙げた。

 ■安藤勝己騎手、戸崎圭太騎手らを中央の舞台へ

「報知杯4歳牝馬特別」を安藤勝己騎手で圧勝したライデンリーダー

 南関東では、川島正行調教師(船橋)が、アジュディミツオーやフリオーソなど地方ダート界を代表する名馬を育てた。14年に66歳で亡くなられたが、通算1276勝で交流GⅠは13勝。荒川調教師の重賞勝利記録を上回り、地方所属調教師として最多の重賞139勝を挙げた。荒川調教師がライデンリーダーで安藤勝己騎手を中央の舞台に送り込み、その後のJRA移籍を後押しした。川島調教師は南関東からJRAへ移籍した内田博幸騎手と戸崎圭太騎手を、それぞれアジュディミツオーとフリオーソの主戦として育てた。地方競馬をけん引し、中央競馬へのチャレンジに心血を注ぎ続けた荒川調教師と川島調教師。地方馬育成に懸けた名伯楽2人の情熱と手腕は、笠松をはじめ、南関東など全国の調教師たちに受け継がれている。