オグリの里
NARグランプリ表彰、笠松の名馬たち(下) 芝GⅠへの挑戦

2018年03月10日 23:53

NARグランプリ1999「2歳最優秀馬」のレジェンドハンターと安藤勝己騎手(笠松競馬提供)

 地方在籍馬による「中央・芝GⅠ制覇」は、地方競馬界の悲願である。その達成は年々厳しさを増しているが、これまでの挑戦では惜しいレースもあった。北海道のコスモバルクが皐月賞2着で、栄光まで「1馬身4分の1差」。笠松のレジェンドハンターは朝日杯3歳S2着で「半馬身差」まで最接近した。

 オグリキャップが有馬記念などGⅠで4勝、オグリローマンが桜花賞を勝ったのは、ともにJRA移籍後だった。1995年、地方在籍馬にも中央GⅠへの出走が開放され、ライデンリーダーが桜花賞で4着と健闘した。あれから23年。ダートGⅠでは岩手のメイセイオペラがフェブラリーSを制覇したが、芝GⅠ奪取にはあと一歩届いていない。地方・中央の壁を切り開いてきた笠松競馬からも、数々の名馬がチャレンジしてきた。

 ■トミシノポルンガとミツアキサイレンス、宝塚記念挑戦

NARグランプリ1994「4歳以上最優秀馬」のトミシノポルンガと安藤勝己騎手

 NARグランプリ1994の「4歳以上最優秀馬」トミシノポルンガ(加藤建厩舎)は、全国区での活躍を見せ、32戦17勝と強かった。追い込みが得意で、3歳時の92年には東海ダービーで優勝。水沢ダービーGPでは、4コーナー後方2番手からの豪快な差し切り勝ち。安藤勝己騎手は、このレースで地方競馬通算2000勝も達成した。当時「中央でも通用するのでは」とファンの一人として期待していたが、トミシノポルンガは94年のテレビ愛知OP(中京・芝)で天皇賞・秋2着馬のカリブソングらを破って見事に1着。中山・産経賞オールカマー(GⅢ)ではビワハヤヒデ(1着)、ウイニングチケット(2着)に続く3番人気で4着に踏ん張り、掲示板を確保する活躍を見せた。

 交流元年の95年には、当時、中京開催があった名古屋競馬の東海桜花賞(芝)を勝利。「オールスター夢の競演」ともいえる宝塚記念(GⅠ)に地方馬代表として挑戦した。ダンツシアトルが勝ち、タイキブリザードが2着、ライスシャワーが競走中止でラストランとなったレース。安藤勝己騎手が乗ったトミシノポルンガは14番人気で、10着に敗れはしたが、レベルが高かった中央勢への挑戦は見応えがあった。

05年オグリキャップ記念を、岡部誠騎手で優勝したミツアキサイレンス(右)。NARグランプリ2000の「3歳最優秀馬」(笠松競馬提供)

 NARグランプリ2000の「3歳最優秀馬」ミツアキサイレンス(粟津豊彦厩舎)には、川原正一騎手が騎乗。兵庫チャンピオンシップ(GⅢ)を制覇し、盛岡ダービーGPは2着だった。01、02年の佐賀記念(GⅢ)を連覇。ミルコ・デムーロ騎手・ハギノハイグレイド、武豊騎手・マンボツイストの1番人気馬を相次いで撃破した。佐賀記念には5度挑み、2勝、3着2回と好相性。現地実況アナウンサーは、ミツアキサイレンスを「ミスター佐賀記念」と呼んで、活躍ぶりをたたえた。

 中央への挑戦も続けたミツアキサイレンス。菊花賞馬ナリタトップロードが勝ち、日本ダービー馬ジャングルポケットが2着だった02年阪神大賞典(GⅡ)では、ゴール寸前まで見せ場たっぷりに逃げ粘った。ジャングルポケットからはアタマ、ハナ差の4着で、惜しくも春の天皇賞出走は逃した。それでも宝塚記念には挑戦。ダンツフレームが勝ち、地方の星・ミツアキサイレンスは11着に終わったが、いまとなっては、ドリームレースに笠松から出走したこと自体がすご過ぎる。芝、ダートを問わず函館から佐賀まで全国15の競馬場を駆け抜け、中央との交流重賞で4勝を挙げた。60戦13勝、獲得賞金3億3053万円はラブミーチャンの2億5840万円を上回り、笠松競馬所属馬としては歴代1位である。

 ■レジェンドハンター、半馬身及ばず2着

 NARグランプリ1999「2歳最優秀馬」のレジェンドハンター(高田勝良厩舎)は、脚元のけがで長期休養を挟みながらも10歳まで走って61戦26勝。安藤勝己騎手が騎乗した京都のデイリー杯3歳S(GⅡ)をゆうゆうと逃げ切り。2着以下を突き放したゴール前は圧巻だった。GⅠ初挑戦となった朝日杯3歳S(現朝日杯FS)は、祖父マルゼンスキー(8戦8勝のまま引退)が勝ったレースであり、レジェンドハンターは1番人気。超ハイペースの中、3コーナーから早めに動いて直線で抜け出し、後続を引き離した。

朝日杯3歳Sで2着だったレジェンドハンターは、続く名古屋・スプリングCを安藤勝己騎手で制覇した(笠松競馬提供)

 「これは勝っちゃうかも」。歴史的Vを願ったファンは多かったが、ゴール寸前、内から飛んできた1勝馬エイシンプレストン(福永祐一騎手)の強襲に屈してしまった。半馬身差の2着。GⅠ初制覇の大魚はポロリと転げ落ちたのだった。

 最後の直線の急坂で息切れしたのか、「もう少し、じっくりと乗っていれば。中山では経験不足だった」と悔しがった安藤勝己騎手。この年、中央では55勝を挙げており、夢のGⅠ初制覇のためにもJRA移籍への思いをさらに強くした。勝ったエイシンプレストンはその後、香港の国際GⅠを3勝する活躍を見せ、やはり強い馬だった。

 レジェンドハンターは、名古屋・スプリングCを圧勝し、日本ダービートライアルへの出走権を得たが、クラシック戦線は残念ながら故障で離脱した。地方馬がGⅠのトライアルに出るためには、地元でのステップレースを勝つ必要があり、ローテーションがきつくなるハンディがあった。2001年のテレビ愛知OPを勝利。03年の全日本サラブレッドカップ(GⅢ)ではスターリングローズら中央勢を圧倒して優勝。GⅡ馬の意地を見せてくれた。

 このほか、2000年のデイリー杯3歳Sでは、フジノテンビー(中山義宣厩舎)が前年のレジェンドハンターに続いて勝ち、笠松勢が連覇を果たす快挙。中山・スプリングSでは14着に敗れ、皐月賞挑戦の夢は散ったが、JRA移籍後にNHKマイルカップに挑戦。勝ったクロフネからは離されての8着だったが、続くユニコーンS(GⅢ)では2着と好走した。船橋(川島正行厩舎)を経て笠松(後藤保厩舎)に戻ると、07年11月、レジェンドハンターと1日違いでラストラン。古豪2頭は地元で引退した。

 笠松から独学でJRAへ移籍したのは安藤光彰騎手。引退後、地方・中央を含めて一番印象に残る騎乗馬として、笠松のベッスルキングを挙げている。ライデンリーダーと同期で、94年末の笠松・ジュニアGPで直接対決し、1馬身半差の2着に食い込んだ。続く95年のゴールドジュニアを制し、中京での駿蹄賞でも優勝。中央の神戸新聞杯(GⅡ)に挑戦し、タニノクリエイト、マヤノトップガンに続く3着で、トップとは0.1秒差の好走だった。出走権を得たクラシックレース菊花賞に挑戦。勝ったマヤノトップガンやダンスパートナーら強力な中央勢を相手に8着と健闘した。

 ■オグリキャップには特別功労賞

 1990年、有馬記念を制覇して引退したオグリキャップには、NARグランプリの「特別功労賞」が贈られている。地方競馬の発展に貢献した人馬を表彰する制度で、競走馬としてはオグリキャップが唯一の受賞。95年から、人物に関しては「特別賞」と改称され、川原正一騎手、安藤勝己騎手、荒川友司調教師、向山牧騎手が受賞。競走馬に関しては「特別表彰馬」と改称され、ホワイトナルビー、ワカオライデン、ライデンリーダー、フジノウェーブ、オグリローマンが受賞している。