オグリの里
地方馬「JRA芝GⅠ初制覇」の夢

2019年03月23日 17:02

笠松競馬場で行われたライデンリーダーの引退式。JRAの桜花賞など牝馬3冠レースに挑んで活躍した=1997年5月

 かつては「笠松のような小さな競馬場から、中央馬を圧倒する馬が、どうして次々と出現するのか」と、全国の地方競馬関係者を驚かせていた。昭和から平成へと、オグリ一族やライデンリーダーらワカオライデン軍団が活躍し、「不思議の国・笠松」とも呼ばれていた。

 オグリキャップの時代には、JRAに移籍するしかGⅠ参戦の道はなかったが、1995年、地方競馬所属馬にも「JRAのGⅠ挑戦」の門戸が開かれた。地元ファンの期待は大きかったが、これまで、地方馬によるJRAのGⅠ制覇は、ダートで1度だけ。99年のフェブラリーSで岩手のメイセイオペラ(菅原勲騎手)が達成したが、芝のレースではまだない。

 あれから20年。チャンスは何度かあったが、近年は地方馬と中央馬の実力差が広がる一方である。地方競馬界にとって、地元馬による「JRAの芝GⅠ制覇」は悲願であるが、現状では、実現は極めて難しいといえる。話題にすること自体、中央競馬ファンには笑い飛ばされそうで「はるか夢のまた夢」となってしまった。

笠松・ジュニアグランプリを勝ったオグリローマン。JRAに移籍後、桜花賞を制覇した=1993年12月

 それでも「いつか実現する、それも笠松から」と思い続けてきた。それは「中央のエリート馬に負けない強い馬をつくるんだ」という、ベテラン調教師ら関係者の熱い思いが底流にある。鷲見昌勇さんが調教師時代に育て上げ、笠松から巣立ったオグリキャップが有馬記念などGⅠを4勝、オグリローマンが桜花賞を制覇した、輝かしい歴史があるからだ。

 関係者の気概と底力は、存続問題に揺れ続けた苦しい時代を乗り越えて、脈々と受け継がれてきた。

 笠松所属馬の芝GⅠ挑戦。まずは地方・中央交流元年となった95年。ライデンリーダーは、トライアルで豪脚Vを決めて桜花賞に挑んだ。1番人気(単勝1.7倍)で好走したが4着どまり。オークス、エリザベス女王杯では13着に敗れ去った。

菊花賞に挑んだベッスルキング(左)の追い切り=1995年10月

 アンミツさん(安藤光彰元騎手)はジョッキー引退時に、地方・中央を含め一番印象に残る騎乗馬として、笠松のベッスルキングを挙げていた。ライデンリーダーと同じ95年、神戸新聞杯で3着と好走し、出走権を得た菊花賞に挑戦。マヤノトップガンが優勝し、ベッスルキングは8着と健闘した。

 芝GⅠ制覇の栄光のゴールに惜しくも届かなかったのは、99年12月、朝日杯3歳S(現・朝日杯FS)で2着となったレジェンドハンター。アンカツさん(安藤勝己元騎手)騎乗で、GⅡのデイリー杯3歳Sを制覇し、朝日杯3歳SではGⅠ初制覇まで「あと半馬身」まで最接近した。

名古屋・スプリングカップを勝ったレジェンドハンター=2000年3月(笠松競馬提供)

 レジェンドハンターは、中山競馬場の坂で一踏ん張りが足りず、福永祐一騎手騎乗のエイシンプレストンにゴール寸前で差し切られた。自らのGⅠ初勝利も逃したアンカツさんは「早く先頭に立ち過ぎた。中山でのレース経験がもう少しあったら」と悔しがった。レジェンドハンターはその後、馬体故障でクラシックレース挑戦を断念した。

 当時の笠松勢は、デビューして間もない3歳馬(現2歳)に大物がいて、中央の重賞でも十分に通用していた。既にJRAのレースに数多く参戦していたアンカツさんも「もう笠松では、3歳馬しか興味がないね」と、若駒での中央GⅠ制覇を夢見ていた。

 翌年の2000年にはフジノテンビーが活躍。デイリー杯3歳Sを勝ち、笠松勢の2年連続制覇となった。地元のゴールドジュニアVから、中山・スプリングSに挑んだが14着に敗れ、皐月賞挑戦を逃した。クロフネが勝ったNHKマイルCには参戦したが、8着に終わった。その後は、04年にミツアキタービンがフェブラリーS4着。10年にはラブミーチャンが桜花賞トライアル(Fレビュー)に挑んだが、本番には進めなかった。

 長い間、地方競馬界をリードし、中央の高い壁に立ち向かい、夢の扉をこじ開けてきた笠松競馬の人馬たち。だが、競馬場の存廃が議論された04年秋以降は、競走馬によるレースではなく、場外戦である存続のためのサバイバルレースに巻き込まれ、中央と戦える馬づくりをする状況にはなかった。経営難の地方競馬がどんどん廃止に追い込まれ、賞金や手当は大幅カット。将来性豊かな新馬が地方には入ってこなくなり、その能力格差は広がる一方となった。

アーモンドアイを管理する国枝栄調教師

 3冠牝馬アーモンドアイを管理する国枝栄調教師(岐阜県本巣郡北方町出身)が、地方と中央の関係について「規制改革や民営化などが必要」と語っていたことがあった。「それこそ野武士とか、判官びいきといった要素が競馬には必要ですね。オグリキャップやハイセイコーのように、かつては中央馬を負かした地方馬がいたが、牧場もビジネスになっちゃって、構造的に地方に強い馬が回らない。地方は賞金が下がって厩舎関係の人は大変でしょうが、ラブミーチャンは東京盃などで強かったし、笠松競馬には頑張ってほしい」とエールを送ってくれた。

 国枝調教師は「外国に行くと、笠松ぐらいの競馬場がいっぱいあり、ちゃんと競馬ができている。競馬の施行方法が違い、要するに民営化みたいな形でやっている。かつては地方の賞金もそこそこあって笠松もオグリキャップらそれなりの馬が出ていた。中央と地方の全体をよく見て、競走馬の受け皿として地方競馬の賞金をもっと良くして、笠松などを活性化してほしいね。JRAや地方の施行団体が法改正でもして、競馬を産業として国際的スポーツとして、変えていこうという動きがないといけない。いろんなことを言っても、もう『クレーマー扱い』ですが、健全経営をやってもらわないと。馬券を買って競馬を支えているファンの意見を聞き、ファンが望む『良い商品』を提案しないといけない」と熱く語っていた。

秋華賞を制覇し、3冠牝馬となったアーモンドアイと関係者

 ジャパンCを世界レコードで圧勝したアーモンドアイ(ルメール騎手)では、30日のドバイ国際競走(GⅠ・ドバイターフ)に挑む。秋の凱旋門賞参戦のためにも、海外勢を圧倒して優勝という結果を残したい。

 笠松以外の地方馬では、ジャパンCに6年連続で挑戦したコスモバルク(北海道)の活躍が光る。芝GⅠで2着が2度もあり、皐月賞(五十嵐冬樹騎手)ではダイワメジャーから1馬身半差、ジャパンC(ルメール騎手)では、ゼンノロブロイから3馬身差の大健闘。日本ダービー8着、菊花賞4着と、GⅠ制覇には一歩届かなかった。それでも06年、シンガポール航空国際Cで、2番手から鮮やかに抜け出して優勝。一気に海外の舞台でGⅠ初制覇を達成した。

 21世紀になって、ディープインパクト、オルフェーヴル、キタサンブラックらGⅠを勝ちまくった競走馬は数多く出現したが、大きな生産牧場の優等生がただ強いだけで、ストーリー的には物足りなさも感じる。地方競馬ファンは、やっぱり「中央勢をなぎ倒す野武士」の登場を待ち望んでいる。平成から次の時代へ、新たな「天下取り」のサクセスストーリーの実現を夢見ている。