オグリの里
競走馬脱走、「イエローカード」から「赤信号点滅」へ

2019年06月28日 18:07

堤防道路を横断し、笠松競馬場に向かう競走馬。円城寺厩舎からは約1.5キロ離れており、安全面には不安もある

 国道22号に突入していたら、車との衝突は避けられなかったのでは―。笠松競馬では、厩舎から競走馬が住宅地に脱走した6月12日の事故を重く受け止め、アルプスシリーズ(18日~21日)の開催を自粛した。

 発表が開催日前日のお昼と遅れ、レースを楽しみにしていた競馬ファンはがっかり。出走手当は支給されるということだが、競馬場サイド、馬主、厩舎関係者らはそれぞれ痛みを感じたことだろう。けが人は出なかったのに、開催自粛という苦渋の決断。暴れ馬を制御することは身の危険もあるだろうが、今後の事故防止と笠松競馬の再興を願って、今回の競走馬脱走を検証してみた。これまで「イエローカード」だったのが、現状は「赤信号点滅」といったところか。

 県地方競馬組合は「再発防止対策を継続的に実施し、安全な競馬を行っていく」として、7月3日からの盛夏シリーズを開催することを決めたが、問題点は多い。これまでの放馬事故の教訓を生かせず、開催自粛という痛恨の事態に追い込まれたのだから、近隣住民の不安を解消し、競馬場関係者のほか、存続・復興を応援してきたファンのためにも、新たに追加した再発防止対策を明示したい。安全管理を徹底し、危機管理意識を多くの人に共有してもらうことが大切ではないか。

競走馬が逃げ出した笠松競馬円城寺厩舎の出入り口。遮断機のほか、新たにアルミ製フェンスや置き柵が設置された

 馬が逃げ出したのは、笠松競馬場から約1.5キロ北東にある円城寺厩舎。出入り口の遮断機は、車の一時停止にはなるが、暴走する馬をストップさせるには、安全管理が甘かったようだ。今回の事故を受けて、出入り口にアルミ製フェンスや置き柵2基を増設。組合職員や警備員は、フェンスなどを素早く閉め、逃げようとする馬を閉じ込める訓練を実施。公道に馬が逃げた際に無線機や旗で馬の居場所を教え合い、馬を追い詰める訓練を行った。

 放馬があったのは午前9時45分ごろで、逃走は約5分間。屋外での放牧から厩舎に戻る途中の4歳牡馬が、ごみ収集車のエンジン音に驚いて暴れだし、厩務員が握っていた手綱を切って逃走。収集車が敷地を出るため、遮断機は上がった状態だった。馬は北側出口から真っすぐに北へ向かい、岐南中学校グラウンドの手前を右折。JR東海道線の踏切を渡り、右折して走った。走行距離は約1500メートル。国道22号から西へ約200メートルの田んぼで、厩務員に確保されたという。笠松競馬場のコース(右回り)は1周1100メートルだから、道路を右回りに走ったのは、レース経験のある競走馬の習性だったのか。線路を越えて、真っすぐに交通量が多い国道22号方面に向かっていたら、信号のある交差点に突入していた可能性がある。

車の通行量が多い信号のある交差点では、競走馬が横断し、馬道を上がって競馬場に向かう

 競走馬と寝食を共にし、苦楽を分かち合う厩務員にとっては、痛恨の放馬となった。「馬が道路を歩いている」という110番通報があり、大騒ぎになった。上空をヘリが飛び、テレビニュースで放映された防犯カメラの映像では、猛スピードで走る馬の姿も映し出されており、逃走経路の近くには公共施設やスーパーなどもあった。この状況からして、人や電車、乗用車との衝突事故など最悪のケースも想定されただけに、「けが人がいなかったから良かった」では済まされない。競馬場や厩舎のゲート、馬専用道から一般道、堤防道路の横断での「安全管理の徹底」が求められる。厩務員が握っていた手綱を切って逃げたというが、厩舎内の全馬に対して、手綱をより強固なものにするとともに、毎日の点検作業が大切になる。

装鞍所奥の競馬場出入り口に向かうレース後の競走馬。警備員が増員され、置き柵などで脱走防止に努めている

 2013年10月28日には、競馬場で調教中の競走馬が脱走し軽乗用車に衝突。運転者が死亡する事故が発生。1開催を自粛して「放馬事故防止対策検討委」を設置。再発防止対策をまとめた。場内では、出入り口に警備員1人を増員し、馬の逃走を防ぐ置き柵を4基増設。放馬時などに押す緊急スイッチを2基増設。場外では、馬道に閉鎖用ロープを設置。調教時に馬道と公道との交差点などに警備員を配置―などとした。

厩務員にしっかりと手綱を持たれ、円城寺厩舎内を歩いていた競走馬時代のラブミーチャン=2012年

 この事故は、黒字化を図る経営改善策以前の問題で、競馬場運営の大前提である安全管理の姿勢が問われた。現場では「今度、馬に逃げられたらアウト」と悲壮感を持ち、一丸となって安全管理に取り組んできた。馬を管理・育成する調教師は絶えず馬体の状態に気を配るが、「相手は体重500キロ前後の生き物であり、運動不足でストレスがあると、思わぬ動きもして制御できないこともある」と話していたのは、ラブミーチャンの調教師だった柳江仁さん。14年12月、円城寺厩舎内で事故に遭われ、暴れだした馬を制御できず、頭を強く打って亡くなられた。笠松でラブミーチャンの子を育てる夢を語っておられたが、名馬を育てたベテラン調教師でさえ、興奮した馬の制御は困難を伴うということだ。

 競走馬の放馬事故では、国道22号の新木曽川橋を渡って一宮市まで逃走したり、各務原市役所近くまで走ったこともあった。
 ■2002年4月6日 円城寺厩舎から競馬場に向かっていた競走馬(牝3歳)が逃げ出し、国道22号の新木曽川橋上にいるのを通行人が発見。約20分後に確保された。馬は逃走中、新木曽川橋南100メートルの国道22号(一宮市内)で車と接触事故を起こし男性がけが。厩務員が厩舎から競馬場に連れていく際、堤防道路を渡るところで暴れ、逃げたらしい。
 ■2013年2月26日 4歳牡馬がレース前に暴れだし競馬場から脱走。約25分後に直線距離で約7.6キロ離れた各務原市役所に近い那加福祉センター付近の路上で確保された。けが人はいなかった。出走前にパドックから装鞍所に向かう途中で暴れだし、出口の高さ約1.5メートルの鉄柵を突破して逃走。競馬場北の県道下中屋笠松線を東に逃げたらしい(走行距離約10キロ)。
 
  脱走は1991年以降で15件以上発生。車と接触する事故は少なくとも7件起きており、50%近い確率で車と衝突する危険性がある。円城寺厩舎と競馬場の往復では、県道や堤防道路を渡らなければならず、いつも危険と隣り合わせ。昨年1月には、競馬場と厩舎の間の馬道から馬が逃げ出そうとする事案も発生した。

今年1月、レース前の返し馬の途中に放馬し、装鞍所近くを走る競走馬。落馬した山田敬士騎手にけがはなかったが、ファンもヒヤリとした

 今年1月には、JRAの山田敬士騎手が笠松のメインレースに騎乗予定だったが、返し馬の途中に振り落とされ放馬。コースを3周ほど走り、装鞍所近くいた関係者やファンをヒヤリとさせた。たとえ馬が装鞍所に突入しても、置き柵が増設された出入り口からは、場外に脱走できないように思われるが、怖いのはやはり気の緩みだ。これまで競走馬の脱走や事故が多発し、警告のイエローカードを突き付けられた状態だったが、今回の開催自粛という対応で、レッドカード一歩手前の「赤信号点滅」の状態になったといえる。あってはならないが、次に死傷者を出すような大きな事故が起きたら、レッドカードを食い、一気に競馬場存廃問題が浮上してしまう。

笠松競馬場の東側に隣接している薬師寺厩舎でも、出入り口の安全を強化。事故防止のため、円城寺厩舎を集約する案も浮上していた

 笠松競馬の厩舎は、円城寺厩舎のほか、競馬場の東側に隣接する薬師寺厩舎がある。道路横断の危険性を回避するには、厩舎の集約しかない。薬師寺厩舎の周辺用地を借りるなどして施設を拡張し、円城寺厩舎を集約するという計画が3年前に浮上していたが、棚上げになったままだ。予算案には調査費なども盛り込まれていたはずだが、整備は進んでいない。敷地の確保など問題はあるだろうが、近隣住民に不安を与えず、笠松競馬永続のためにも、再考すべきタイミングに来ている。笠松競馬は近年、インターネットによる馬券販売が好調で、実質単年度収支は6年連続で黒字となっており、厩舎の移転・集約、競馬場スタンドなど老朽化施設の早期改修が課題となっている。

 笠松町長を5期20年務められた広江正明さんは、05年からは県地方競馬組合の管理者として、経営難や借地料問題による廃止のピンチを何度も乗り切ってきた。6月28日の任期満了で退任されたが、名馬、名手の里の「存続」に尽力された手腕と、現場の底力は素晴らしかった。再生・笠松競馬を背負う新管理者の古田聖人さんには、民間のアイデアも取り入れて、より安全な競馬場運営への手腕を発揮してもらいたい。たとえ人為的ミスがあっても、先回りしてピンチを回避できる抜本的な対策が求められている。笠松競馬を愛する者が一丸となって、安全確保に取り組んでいくしかない。