第六十九回 せいしょう亭だからできること

2018年12月26日 18:15

  • 神田松鯉
  • 神田松之丞

 若手の講談師、神田松之丞がとてつもなく人気を博しています。以前、取り上げた時からさらにその人気は拡大し、いま現在彼の公演のチケットは大都市圏ではなかなかとれず、名古屋でも700人のホールが満杯になったといいます。

 それはもちろん喜ばしいことであるけれど、地方公演が増えるということは初めて彼を聴きに行く人が大勢来るということだから、その公演はどうしても「わかりやすい、鉄板ネタ」に偏りがちで、前から松之丞を聴いてきた人は物足りなくなる。つまり「私たちの松之丞」から「みんなの松之丞」になるわけです。

 私の故郷・長野でも、テレビ局が主催で大ホールで松之丞独演会をという打診があったということで、大手が目をつけるコンテンツとしての価値が彼に十分備わってきたあかしだと思います。

 でも、私がやるのであれば大きなホールでお客さまをどんどん呼んで...の路線ではない。実際3月9日に長野で独演会をやりますが、キャパシティーは360。お客さまが全員、モニターとか見ることなしに高座の上を凝視し、汗だくで張り扇をひっぱたきながら語る松之丞が体験できる広さでないとその本当のすごみは伝わらないと思うのです。お客さまがその公演でいかに満足してお帰りになるか、その視点で私は公演を開いていきたい。それは岐阜でも同じことです。

 2019年6月9日、私の公演にその松之丞さんが来てくださいます。ただ、会場はやはり360規模のグランヴェール岐山のカルチャーホール。そして、独演会ではなくて、松之丞さんの師匠、神田松鯉先生との親子会です。

 今から5年前の平成25年7月、長野と岐阜の2カ所で桂宮治・神田松之丞の二人会を行いました。長野の会が終わった後の岐阜へ向かう車中で、松之丞さんと尽きることのない芸談をさせていただきました。その時に、師匠の松鯉先生の話になり、いつか親子会をやりたいですねえ、と話した記憶があります。その時の夢を実現させたのです。

 この間、ある噺家(はなしか)さんにも指摘されました。「わざわざ親子会にするのね。独演会の方がたとえ利益が上がっても」。その噺家さんは私とは長年のお付き合い。私がやりたいことを理解してくださった上での発言でした。「独演会としないところがあなたらしい」。全く的確過ぎて笑ってしまいました。

 このご時世、みんな松之丞人気を当て込み、独演会を開く。そうでなければ他の人気の落語家さんとの二人会、三人会で落語と講談のジョイント公演をする。それは昨今の松之丞さんのスケジュールを見ても明らかなこと。でも、彼の講談の基礎はどこからたたき込まれたものなのか。伝統芸能が口伝によって語り継がれてゆくことを理解するならば、誰との会が一番よいのか。そう考えた時、私の頭には松鯉先生が真っ先に浮かんでくるのです。

 東海の落語事情は、かなり複雑です。愛知県は特に、全国でも比較的お客さまの懐が裕福な場所でもあり、各自治体の催しにも落語会があるので、その数は東西入り乱れてかなりの数に上ります。でも、幸いなことに私のやりたいことに似たことをやっている会はほとんどなく、その意味ではせいしょう亭の独自路線は、お客さまに徐々に浸透してきている。その上での親子会の開催なのです。

 松鯉先生をお呼びしたのは、今から8年前の平成21年12月の松本。照明を暗くした中で演じた天野屋利兵衛、拷問のシーンの鬼気迫る描写を今でも忘れません。もう76歳。お元気なうちにあの芸を岐阜で拝見できる喜びは、松之丞さんを岐阜にお呼びできる嬉しさと同等のものがあるのです。

 前にも話しましたが、松之丞さんのブレイクは、落語ブームの延長線上にあります。前回も触れた、今の世の中では「想像の世界」でしかない古き良き時代が高座の上から漂ってくる、そんな魅力を落語から感じたファンの興味が、昔を激しく語る「講談」に流れ、やがて私は「浪曲」にも燃え移ると思っています。その兆候は、浪曲界の常識をぶち破る「新作浪曲」を引っ提げて落語のファン層に殴り込みをかけてきた「玉川太福」の台頭に見ることができます。

 場面場面に適した曲師の三味線の名人芸が浪曲のうなり声と妙にマッチして、非常に濃厚なストーリーをお客さまに提示して行く。その一方で堅苦しい概念にとらわれず、自由に笑いを要所要所に差し込んでいく。今まで浪曲なんて古臭いと見向きもしなかった人たちが太福の芸に酔いしれる。そんな光景が訪れるのはもうすぐそこ。いえ、もう始まっているのかもしれません。

 次回は、ブレイク間近とささやかれている浪曲界のプリンス、玉川太福について語りたいと思います。

 2018年もあと少し。皆さま、来年もおきらくごをよろしくお願い致します。良いお年をお迎えください。

  ≪つづく≫