半月、そして13年と半月

2018年04月18日 15:36

前日まで名鉄田神線だった線路。奥の工場だった場所には、走る線路がなくなった電車が集められていた=2005年4月1日

前日まで名鉄田神線だった線路。奥の工場だった場所には、走る線路がなくなった電車が集められていた=2005年4月1日

 4月も半ばを過ぎました。 JR三江線の最後から半月。 そして、名鉄岐阜市内、揖斐、美濃町、田神線の最後から13年と半月でもあります。

 三江線の最終日となった3月31日。 仕事をしながら岐阜で見送った格好に。 紙面では、デスクに頼み込んで三江線最終日の記事をねじ込みました。

 共同通信からは、写真が何枚も送られてきます。 最終列車の写真も来たのですが。あえて、昼間の「さくらと潮駅」の写真を選びました。

 去年の秋に三江線沿線を訪れた際、地元に詳しい方と潮駅あたりの桜の話になって、最後の日に間に合うかどうかという話をしたのを覚えています。 その桜が、最後の日に見事咲いていました。 紙面割りの都合でモノクロ写真となりましたが、紙面を飾ることができました。

 そして、思い出すのは13年前の岐阜。 2005年の3月31日。 出勤前に、撮影地として知られた揖斐線の尻毛橋など沿線を回ってから、徹明町で電車を見送って出勤。 帰り道に、昼間の喧騒から一変して、二度と電車が来ない軌道を市内で見つめたのを思い出します。

 さて、この春から岐阜新聞Webがリニューアルしています。このブログも、新しいデザインになりました。

 でも、書く内容は変わらず、岐阜に軸足を置きながら、各地の鉄道やバスの良さ、楽しさを伝えていきたいなと思っています。


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