2005年3月31日の記憶

2020年03月31日 12:33

新岐阜駅前で折り返す名鉄岐阜市内線の電車=2005年3月31日

新岐阜駅前で折り返す名鉄岐阜市内線の電車=2005年3月31日

 2005年の名鉄岐阜市内、揖斐、美濃町、田神線の廃線から15年となります。もう15年たつのか、というのが正直な感想です。

 15年前のきょう、早起きして岐阜市の伊自良川に架かっていた尻毛橋に出向いていました。平日朝に走っていた、揖斐線の3両編成の列車を撮りに行ったのですが、有名撮影地だった尻毛橋には多くの人が。先輩記者の姿もありましたが、そちらは取材でした。
 
 この日、自分が撮った写真を見ると、その後は忠節や新関、市ノ坪などを巡ったようです。どの電車も、「最後の乗車」に来た人たちでごった返していた記憶があります。最後に自分が乗ったのは、新岐阜駅前から徹明町まで。午後3時ごろの、モ782の黒野行き普通。

 新岐阜駅前の路上で折り返してきた電車に乗り込み、岐阜の街を車内から眺めていました。乗ってきた電車が、徹明町から路上に連なる車の間へ走り去るのを見送り、本社へ。

 当時は、新聞紙面を作る整理部で、昼すぎから深夜にかけての勤務。出勤前の「寄り道」でした。その日担当した紙面では、廃線の記事は扱わなかったのですが、1面や社会面に入るニュースを眺めながらの作業だったと記憶しています。当時の上司に「休み、取らなくてよかったの?」と聞かれたのを思い出します。

 未明の仕事終わり。深夜の岐阜市内で、もう二度と電車が走らないレールを眺めながら、この街が失ったものの大きさに気づく日は来るのかと考えていました。

 昨年秋、JR岐阜駅前に「丸窓電車」モ513が移設されました。岐阜駅前を訪れるたびにその姿を見るのですが、「失われたもの」の大きさも同時に感じるのは自分だけでしょうか。

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