ふるさとへの便り
教育受ける意味追究
タンザニア

2019年06月07日 08:47

中学校で1年生に物理の授業をしている様子=タンザニア

中学校で1年生に物理の授業をしている様子=タンザニア

 「それ、どういう意味?」。ここでの生活は、そのような多くの疑問から始まっていったように思う。全てが分からないことだらけ、見るもの聞くもの全てが初めてだった。聞きたくても聞けない、言葉が出てこない。ここに来て生活していく中で、生まれて初めて言葉というものの大切さを知ったように感じた。

 僕は今、青年海外協力隊員として、タンザニアの高峰キリマンジャロが一望できる麓の生徒数600人程度の公立中学校で物理を教えている。ここに来て初めて教室に入った時の印象は、暗い、文字が薄くて見えない、生徒と先生が話しているが、何を言っているか分からない―だった。日本での教員経験を生かしてなんて考えていたが、それもあまり役に立たないのかもしれないと、その時強く感じた。

 ほとんどの生徒は教科書を持っていない。最近中学校までの教育が無償になったばかりだ。教科書を買い与えるだけの財源は国にはまだない。だから、生徒にとっては自分で書いたノートが教科書の代わりだ。僕が間違って板書しようものなら、生徒は全員間違って書き写すことになる。だから、板書はとても気を使って書く。それでも、生徒が写し間違えることもある。ノートに写す作業一つ取っても大変だ。今はまだ現地語であるスワヒリ語を十分に話せないので、同僚の先生にサポートに入ってもらいながら進めている。

 もうすぐここに来て9カ月がたとうとしている。授業は英語で、日常生活はスワヒリ語で―という生活にもようやく慣れてきた。最近、教育を受けるとはどういうことなんだろうと考えることが多くなった。今の自分なりの答えは「背後にある見えないものを見えるようにすること」だ。タンザニアに住んでいても、分からないことや見えないことがたくさんある。でも歴史を勉強したり、言葉を学んだりしていくうちに、次第にその背後にあるものが見えてくることに気付く。

 本当に大事なことは、表面的なところには現れてこないと思う。物事には奥行きや深さがあるものだと感じている。それを見られるようになるためには、たくさん勉強しないといけない。あと1年、ここでどれだけのことができるかは分からないが、自分なりに頑張ってみようと思う。

 小出健司(こいで・けんじ)さん 県立学校教員を10年務め、2018年7月から青年海外協力隊員としてタンザニアへ派遣。キリマンジャロモシの中学校で物理を指導する。各務原市出身。40歳。


過去の記事