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宮南 諄子さん
松葉屋会長

2017年06月29日 12:12

夫の遺志を継ぎ「必死で店を守ってきた」と振り返る宮南諄子さん=東京・赤坂、松葉屋

夫の遺志を継ぎ「必死で店を守ってきた」と振り返る宮南諄子さん=東京・赤坂、松葉屋

夫の遺志継ぎ店を守る

 マツタケ料理で知られる東京・赤坂の料亭「松葉屋」。やり手の経営者だった夫を病気で見送って十余年、夢中で店を切り盛りしてきた。「あの世に行った時、主人に叱られないよう必死でした」。3年前に社長を退き、最近ようやく笑って振り返るゆとりができた。

 羽島郡笠松町に生まれ、22歳で大阪へ嫁いだ。当時の夫の仕事はみそ醸造。マツタケを扱うようになったのは、ある"危機"がきっかけだった。

 絹を扱う貿易商だった義父の実家。ある日、繭玉を積んだはずの船から出てきたのは、膨大な量の塩漬けマツタケだった。「何千万円もの取引。何とか売るしかなかった」。加工を頼まれ、試行錯誤の末に生まれたマツタケのつくだ煮が好評となり、後の東京進出につながった。

 店の建物は、赤坂で広く知られた老舗料亭のもの。部屋ごとに手洗いのある造りは、政財界の要人や文化人が多く訪れた往事のまま。その造作も来店者を楽しませる。

 現在は飛騨牛も取り扱う。「岐阜は良いところがたくさんある。もっとアピールして認知度が高まってほしい」。東京都港区在住。69歳。

(岐阜新聞 2017年6月29日掲載)


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