ぎふ財界人列伝 ぎふプラスチック工業編 この道を行く
名品公開、地域に恩返し

  • 大松美術館の特別開館で名品を説明する館長大松節子(左端)=2012年、羽島郡岐南町
  • 日本画の鑑賞を好み、蒐集にいそしんだ晩年の創業社長の大松幸栄
  • 収蔵品の千利休作の茶杓(右)。中央は茶杓を入れる筒、左は替筒
  • 収蔵品の上村松園「四季美人図」

(4)大松美術館

 創業社長の大松幸栄は生前、事業の傍ら美術品鑑賞を好むとともに、優れた日本画の蒐集(しゅうしゅう)にいそしんだ。妻で取締役の節子は20歳の頃から茶道に親しみ、50歳からは本格的に取り組み、茶道具も集めた。2人の1500点に及ぶ「大松コレクション」は、幸栄が急逝して3年後の1991年6月に、岐阜プラスチック工業が開館した大松美術館(羽島郡岐南町)に収蔵され、美術愛好家に鑑賞の機会を提供する展覧会で一般に公開された。

 館長に就いた節子は「先代社長が急逝して、思い出とともにささやかに心を癒やしてきた蒐集品だけが残った。いっそ整理してしまおうかとの思いもあったが、先代の生きた証しとして地域社会への恩返しになるのではないか」と開館への思いを示した。地域文化の向上に貢献したいという幸栄の遺志を継いで美術館を建てたと、美術館にまつわるインタビューで答えた。

 幸栄のコレクション。日本画は横山大観の「春之霊峰」「霊峰之秋」。県ゆかりの川合玉堂は「鵜飼」「渓山錦秋」、中津川市出身の前田青邨の「水辺春暖」や武者絵「大物浦」など巨匠と呼ばれる作家の作品を蒐集。美人画の巨匠で女性で初めて文化勲章を受章した上村松園のシカゴ・コロンブス記念万博で2等賞を受賞した「四季美人図」や松園の長男・松篁の「秋晴れ」などの花鳥画、松篁の長男・淳之の「雪野」など上村家3代にわたる作品は愛好家の垂ぜんの的でもある。

 節子が蒐集した茶道具は千利休作の茶杓(しゃく)、利休と関わりが深い楽家の初代長次郎から15代吉左衛門までの茶碗(わん)、人間国宝・荒川豊蔵の茶碗、大名物(おおめいぶつ)「高麗・割高台茶碗」など、こちらも逸品ぞろい。

 展覧会は毎年開き、閉館する2009年まで18年で56回に及んだ。節子は決まって展覧会初日に作品の説明役を務めた。半円筒形のシンプルな外観の美術館には、日本画と茶道具の展示室のほか、茶室「松翠庵」が併設され、節子が来館者に抹茶も提供した。

 この文化事業も節子が高齢となったことから09年3月、惜しまれながら閉館の形を迎えた。節子はその際、「蒐集してきた絵や茶道具は決して私だけのものでなく、100年、200年先にも日本の宝であるとの認識を持って大切に保存していく義務がある」と胸の内を語っている。

 閉館後一度だけ開館したことがある。ぎふ清流国体の開催を記念し、12年9、10月に期間限定で特別無料開館を行い、前田青邨と川合玉堂の日本画や茶碗などを展示した。5400人もの美術ファンが鑑賞した。

 その後は開館せず収蔵している美術品は、美術展や茶会への貸し出しの形で美術館から外に出て日本画などは鑑賞者の目を堪能させている。その一つ、13年1~3月の「新春展大松コレクション名品展」は京都市の茶道資料館で開かれ、上村松園、横山大観らの日本画や茶道具を貸し出した。

 そして今。幸栄と節子の長男で岐阜プラスチック工業会長の利幸は、閉館中の美術館を迎賓館に衣替えする考えを以前から温めており、実現に向け動き出した。「取引先を招いてお茶を振る舞ったり、幹部社員の研修にも使いたい」と有効活用の思いを描く。内装を改修し、20年秋に迎賓館に生まれ変わる運びだ。

(敬称略)


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