ぎふ財界人列伝 ぎふプラスチック工業編 この道を行く
精神学び裾野を広げる

  • 茶道裏千家淡交会岐阜支部の初茶会でお茶を堪能する支部長の大松利幸(中央左端)=2月、岐阜市
  • 大松節子(右から2人目)の卒寿を記念して開かれた茶会=2016年、岐阜市
  • 大松コレクションの「高麗・割高台茶碗」

(10)茶道

 岐阜プラスチック工業とグループ会社の会長になっていた大松利幸は、2019年1月、茶道裏千家淡交会岐阜支部長に就任した。母で取締役の節子は支部顧問を務めており、親子で茶道に精進し、さらに茶の湯精神を広め文化振興に取り組むことになった。

 節子は20歳から茶道に親しみ、50歳からは本格的に究める道を歩んだ。茶道具のコレクションもあり、茶道の知識、茶席の経験も豊富だった。一方、利幸が茶道に関わるようになったのは社長就任後。支部持ち回りの茶会で家元にお茶をもてなす役目を仰せつかったことがきっかけだった。利幸は当時、茶道は全くの素人で、節子が1カ月かけて毎日、ふくささばきからお茶のたて方など茶道の作法を丁寧に特訓した。「お茶は息を吸うように何もせずするもの」。節子のこんな指南を受けて、茶の湯の道に入っていった。

 岐阜支部長就任前は、1991年から副支部長を務めており、茶道の知識を深め、茶会の経験も重ねてきた。支部長になり、「効率が求められる現代社会で茶の湯の精神に学ぶことは多い。学校茶道などを通じて若い茶道家を育成し、茶道に親しむ人の裾野を広げたい」と、若い世代の育成に思いを刻んだ。

 節子と利幸が籍を置く茶道裏千家淡交会(総本部・京都市)は、全国各地に160を超す支部、支所があり、30カ国以上に海外出張所、協会を置く。「一わんからピースフルネス」を掲げ、茶の湯精神を日本だけでなく世界に広げている。節子は茶道の書籍も多く取り寄せ、じっくり読み込んで茶の湯精神に理解を深めていった。09年には茶道の発展に寄与した人に贈られる茶道裏千家の茶道文化賞を受賞し、「お茶の世界はとても奥が深い。多くの人にその良さを知っていただきたい」と、茶道のさらなる普及を胸に刻んだ。

 節子に導かれるように茶道に親しむ利幸。総本部が進める学校茶道は幼・保育園児から大学生まで次代を担う人たちに茶道を指導しており、親子が籍を置く岐阜支部も茶道教室を開いて取り組んでいる。

 21年に創立70周年を迎える岐阜支部。財界人の顔触れも多く、役員を務める人もいる。茶道は、道は違っても経営のヒントになることもある。利幸は「禅とお茶は表裏一体のものであり、お茶の精神性は禅につながる。茶道は解のない禅問答のようで経営にも共通点がある」と言葉を継ぐ。

 利幸は茶道具商が開く東京、京都、名古屋での三大茶会にも顔を出すようになった。茶道具商がえりすぐりの茶道具を持ち寄って開くもので、道具好きの茶人らが集まり、時にはそこに利幸の姿もあった。「中でも光悦会は11月に京都の美しい山並みを借景に催される秀逸な茶会である」と、心を動かされる思いを示す。

 利幸は茶道について、岐阜新聞「素描」へ寄稿している。「炭のぱちぱちと弾ける音が、その場を凛(りん)とした空気に変え、障子窓から漏れる幽(かす)かな光が点前の所作に陰影を刻む。背筋を伸ばし茶杓(しゃく)を構えた姿勢が武将の剣を持つ姿を髣髴(ほうふつ)させる。信長公が茶に魅せられた気持ちが分かる。茶室という閉ざされた空間は特別な緊張感を醸成し、人との出会いの邂逅(かいこう)の不思議さを教えてくれる」。かつて物書きをなりわいに夢見た利幸の、茶道に対峙(たいじ)する思いを込めた一文だった。(敬称略)


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