ぎふ財界人列伝 ぎふプラスチック工業編 この道を行く
夢実現へ倉敷工場稼働

連結売上高1000億円の達成へ思いを語る第3代社長の大松栄太=6月、岐阜市神田町、岐阜プラスチック工業本社

連結売上高1000億円の達成へ思いを語る第3代社長の大松栄太=6月、岐阜市神田町、岐阜プラスチック工業本社

(11)1000億円企業

 初めて1千億円の大台達成が現実味を帯びてきた。岐阜プラスチック工業とグループ会社の連結売上高は8期連続増収で、2020年3月期に1020億円を見込む。第3代社長の大松栄太は「売上高は顧客からの支持の証しであり、社会貢献の指標でもある」と意義を語る。

 初代社長の幸栄は創業から5年後の1958年に売上高1億円を達成した。創業した53年には大口取引先との連鎖倒産の危機に直面したが、乗り越えて販路を自社で開拓して成長。設備投資を積極的に進め、拡大路線で73年に100億円を突破。35年間務めた社長最後の88年は412億円に伸ばした。

 経営のバトンを受け継いだ第2代社長の利幸は91年に500億円を達成。しかしリーマン・ショック時から2年間の2010、11年は640億円台と約10年前の水準まで大きく落ち込んだ。そのときは先々の需要も見込み、リスパックの関東工場を群馬県に建設した。食品製造の安全管理手法「HACCP(ハセップ)」対応の環境基準をクリアする最新鋭の工場で、利幸は「設備投資を止めることなく、後の生産増を支えた」と振り返る。

 13年には創立60周年を迎え、東京のホテルで招待客千人規模の祝賀会を開催した。利幸は創業から受け継ぐ挑戦の精神で製品開発に努め、100周年に向けて一層の社会貢献を誓った。社長在任30年の利幸は会長に就任時、社長になった時の2・4倍に成長させた。

 700億円を超えた頃から家族の間で1千億円突破が話題に上った。栄太は「祖母(創業者の妻で取締役の節子)からも生きている間に超えてほしい」との思いを聞いていた。

 13年のスローガンは「グループの力を結集して1000億円への挑戦」。その後「挑戦」の文字が続いたが、19年はいよいよ「実現」に変えた。栄太は今期1千億円達成の予算を組んだ。「長年の夢」の実現に踏み出す喜びをかみしめる一方、「1千億円達成は、大企業病にかかるリスクの一つ。誰かがやってくれるだろうと、仕事を人任せにする社内の空気が生まれかねない。慢心を戒めモチベーションを維持する」と気を引き締める。
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 会長利幸の次男、栄太は41歳だった18年に岐阜プラスチック工業とグループ会社5社の社長に就任した。「物心ついた時には、将来は家業をしっかり継ぎたい」と社長になる意識を持っていた。その思いを持ち続け、大学も商学部を選び、経営学のゼミで学んだ。卒業後は「会社経営に役立つ勉強をしたい」とコンサルタントの価値総合研究所に2年間勤め、その後、米国に留学してマネジメントを学ぶことに明け暮れた。「ビジネスの仮説を立てて事業をうまく進めるケーススタディーが役に立った」と振り返る。

 26歳でリスパックに入社。製造現場でトヨタ生産方式の改善チームに入り、名古屋支店では営業を経験した。営業本部長時代に当時の専務から、戦略の立て方や製品の売り方なども含めて「実務の視点、公私にわたることまで厳しく教わった」と感謝する。

 社長就任翌年の19年1月。製品の輸送を効率化するため、関東エリアで岐阜プラグループの食品容器などの輸送を担っていた橋爪運輸(群馬県)を子会社化した。同時期に物流用樹脂パレットや雨水貯留浸透槽、収納用品などを生産する倉敷工場(岡山県)を稼働させた。投資額73億円で無人搬送機で省力化を推進するとともに、デジタル技術を導入した。1千億円企業を実現する戦略、設備投資でもあった。(敬称略)


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