白菊の記憶 飛騨川バス転落事故から50年
乗客で唯一生存の男性 14歳の記憶、初証言

2018年08月21日 11:40

  • 事故翌日の岐阜日日新聞(現・岐阜新聞)のコピーに見入る成田良正さん=8日、名古屋市内

 1968年8月、岐阜県加茂郡白川町の国道41号で豪雨による土石流に巻き込まれた観光バス2台が飛騨川に転落、104人が死亡した「飛騨川バス転落事故」から18日で丸50年を迎える。濁流に沈んだバスから、乗客ではただ一人生き延びた成田良正さん(64)が、岐阜新聞の取材に応じた。今なお「史上最悪」といわれる未曽有のバス事故。土石流に襲われた車内の様子や濁流にのまれた時の心境、覚悟した死からの奇跡的な生還の状況を初めて証言した。

 あの日、衝撃とともに土砂が2台のバスを飛騨川へと押し流した。成田さんは水が満ちる車内から抜け出し、川岸から伸びた木の枝にしがみついて九死に一生を得た。

 当時、14歳で中学3年生。一緒に乗っていた両親と姉は犠牲になった。「亡くなった人が多い分、自分は幸福にならないといけない。そう思って生きてきた」。近年、事故現場に足を運ぶことはなくなり、取材も長く断ってきた。「これがじっくりと振り返る最後の機会。もうこの先、事故について話すことはないだろう」。50年の重みを、胸の内で静かに受け止めている。

 【飛騨川バス転落事故】 1968年8月18日午前2時11分ごろ、加茂郡白川町河岐の国道41号で、豪雨による土砂崩れで立ち往生していた観光バス2台が土石流に押し流され、飛騨川に転落、104人が犠牲になった。乗客、乗員で助かったのはわずか3人だった。転落したバスは名古屋市の会社が企画した乗鞍観光ツアー15台のうちの2台。同市内の団地の家族連れが多く参加していた。

<8月10日朝刊掲載>


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