白菊の記憶 飛騨川バス転落事故から50年
事故契機に雨量通行規制導入 情報、効果的に伝達へ

2018年08月21日 13:29

  • 土砂が取り除かれた国道41号で、立ち往生していた車を押す人たち=1968年8月18日、加茂郡白川町
  • 雨量規制区間を知らせる標識=1日、加茂郡白川町河岐

 大雨が降った時に道路の通行を制限する雨量規制は、1968年の飛騨川バス転落事故を教訓に導入された道路の安全対策だ。規制区間は現在、直轄国道で全国175区間、延長約千キロに上る。

 土石流がバス2台を襲ったあの夜、猛烈な雨が降った。時間雨量149ミリ。岐阜地方気象台始まって以来の集中豪雨だった。

 事故翌年の4月、転落事故現場を含む加茂郡白川町河岐―七宗町川並の約11キロ区間が雨量規制全国第1号に指定された。その後、対象は全国に広がった。

 この間、規制の判断材料となる気象の観測技術は向上した。「大雨の予測は精度が高まり、早めの情報提供が可能になった」と話すのは岐阜地方気象台の気象情報官望月司。

 地域気象観測システム(アメダス)で観測したデータは逐一集約され、刻一刻と変化する情報をリアルタイムに発信する。注意報や警報の発表は以前は県単位だったが、今は市町村ごと。よりきめ細かな地域の情報を提供するのは、住民にわが身のことと受け止めてもらうためだ。

 だが、「今の技術でも、集中豪雨を完全に予測することは難しい」と望月は限界を認める。台風などの大きな雨雲の動きは数日前からの予測が可能だが、集中豪雨は発生地域が小さく、急激に雨雲が発達するからだ。

 バス転落事故の翌月、「道路防災総点検」が全国一斉に実施された。警察や道路管理者が集めた情報をドライバーに迅速に提供するため「日本道路交通情報センター」も設立された。

 104人もの犠牲者を出した事故で浮き彫りになった問題を克服するため、制度や仕組みは見直し、改善が図られ、さまざまな対策が講じられてきた。

 課題は膨大かつ詳細な気象情報、規制に関する情報を、いかにドライバーらに効果的に届けられるかだ。スマートフォンなどでいつでも、どこでも、誰もが即座に情報が得られる時代。「道路利用者が情報を受け取っていないと防げる災害も防げない。情報を利用者にとってより分かりやすくするとともに、利用方法の知識の普及も必要だ」と望月は語る。

 二度と大惨事を繰り返さないため求められるのは、情報を提供する側、受け取る側双方の一層の防災意識の向上だ。(文中敬称略)

 飛騨川バス転落事故から半世紀がたった。毎年、遺族らが事故現場近くの慰霊塔「天心白菊の塔」に花を手向けるが、当時を知る人は減っている。その後の道路・防災行政に多大な影響を与えた大惨事の教訓は、現代にどう生かされているのか。事故の記憶と記録をたどる。

<8月17日朝刊掲載>

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