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逍遙先生に誇りと親しみ
郷土の文豪たたえ「山椿の歌」斉唱 美濃加茂市の太田小

2020年02月17日 09:11

  • 山椿の集いで「山椿の歌」を歌う児童たち
  • 学習成果の発表会「学伝」で劇「檞(かし)と芒(すすき)」を演じる4年生=いずれも美濃加茂市太田本町、太田小学校

 美濃加茂市太田本町の太田小学校は、同市出身の明治の文豪坪内逍遙(1859~1935年)の生誕の地にある。児童たちは郷土の偉人を身近に感じながら、逍遙が美濃太田をしのんで歌った和歌に曲を付けた同校のオリジナル曲「山椿(やまつばき)の歌」を歌い継ぐなどし、偉大な精神を誇りとして受け継ごうと学んでいる。

 同校は1873年創立。それより前の江戸時代、この場所には尾張藩の太田代官所があった。父親が役人だった逍遙は同代官所で生まれ、幼少期を美濃加茂の地で過ごした。文学者、教育者、演劇人などとして幅広い分野で偉業を残した逍遙の生誕地で毎日、全校児童575人が学習している。

 毎年1月に全校児童が参加して逍遙について学ぶ「山椿の集い」を開催。山椿は逍遙が大好きだったことから名付けられている。古川一男校長は「山椿の集いができるのは日本でこの太田小だけ」と縁の深さを強調する。

 今年は1月16日に開かれ、逍遙が児童に演じてもらおうと1922年に刊行した「家庭用児童劇」に収められている「龍宮」を劇団による上演で観劇し、児童たちは逍遙作品の世界に浸った。6年生の萩原美桜(みお)さんは「逍遙先生は太田小の誇り。逍遙先生について学べることはうれしい」と話した。

 同校の「山椿の歌」は、逍遙が作った和歌2首が歌詞。山椿が咲いているのを見ると美濃太田を懐かしく思うなどと歌われ、教頭で後に校長を務めた佐合良平さんが曲を付け、95年1月に完成した。校内の1月の歌を「山椿の歌」とし、全校朝会で歌ったり、各教室の朝の会で歌声を響かせている。「山椿の集い」でも音楽クラブの伴奏で全校児童が歌い、郷土の偉人に思いをはせた。

 4年生87人は総合的な学習で逍遙について学び、6月に地元の朗読サークル「声のドラマ」メンバーから朗読の指導を受けた。11~12月に調べ学習を行い、校内にある資料のほか、図書館、インターネットも活用し、文学、翻訳、演劇などの業績や生い立ちについて調べた。

 今月8日には、本年度の生活科と総合学習の発表会「学伝」が開かれ、4年生が発表の中で「家庭用児童劇」の「檞(かし)と芒(すすき)」の劇を披露し、学んだ成果を全校児童や地域住民に伝えた。

 児童たちは皆、郷土の偉人を「逍遙先生」と呼んでいる。そこには尊敬の念とともに、身近な存在としての誇りと親しみが込められている。古川校長は「太田小で学ぶことの誇りを持ってほしいと思っている。その誇りに思う気持ちは学年とともに大きくなっていると感じている」と話している。