移動編集局 信長450
【高山城】 風流人・長近の思い
ノブたび 岐阜ゆかりの人物編

2017年07月19日 14:08

  • 復元された本丸の石垣。「使者之間」があったとされる=高山市城山、高山城跡
  • 二の丸の北側に残る城の石垣。現在、石垣の上には照蓮寺が建つ=高山市堀端町
  • 丘陵地の高山城(右上)を頂点に、麓へ向かって武家屋敷、商人町が築かれていた城下町。飛騨高山の景観は、金森長近のまちづくりによって生まれた=高山市川原町、宮橋

 飛騨の国に高山城(高山市城山)を築いた金森長近(かなもりながちか)。元々織田信長公の家臣で、信長の「長」の一字を受けて名前を「可近(ありちか)」から改名したといわれるよ。そんな長近は、信長公の好みも受け継いでいたみたい。

 多治見出身とされる長近は、信長公の岐阜入城前から家臣として活動してたんだ。信長公の死から3年後、豊臣秀吉の命で飛騨を平定して築いた高山城は、平野の丘陵地に城を築く平山城(ひらやまじろ)と呼ばれるタイプ。最頂部に本丸、中段に二之丸、下段に三之丸と階段状に建物が建っていたよ。

 本丸跡には、玄関付近にあった使者之間の石垣が復元されているの。実はその奥に、信長公の居城で同じ平山城の安土城(滋賀県)の天主に似た、望楼がある三階櫓(やぐら)があったんだって! 安土には金森氏の屋敷もあったから、風流人の長近は参考にしたのかな。

 長近は城を頂点に麓に向かって武家屋敷、商人町を整備したよ。現在の古い町並みは長近のまちづくりから生まれたんだね。う~ん、ぜひにおよばず☆