笠松から中央に移籍し、有馬記念などGⅠを4勝したオグリキャップ。秋の天皇賞には3度挑戦した
天皇賞でタマモクロスが史上初の春秋制覇を達成。オグリキャップは追い上げ及ばず2着だった(1988年10月31日付の岐阜新聞から)
レースでは「ゴール板の位置を知っていた」といわれ、勝負根性を発揮したオグリキャップ

 雨の東京競馬場、今年の秋の天皇賞はキタサンブラック(武豊騎手)が制覇した。このレース、現役時代のオグリキャップは3度挑んだが、悲願の勝利にはあと一歩届かなかった。昭和から平成へと、バブル景気に躍った激動の時代。「芦毛の怪物」と呼ばれた魂の走りを、リアルタイムで体感できたファンの一人として、当時の熱狂ぶりを応援馬券などで振り返ってみた。

 1988年10月30日、場外馬券売り場のウインズ名古屋にいた。笠松育ちで、中央デビュー後は破竹の重賞6連勝を飾っていたオグリキャップ。一方、春の天皇賞、宝塚記念とGⅠを連勝し、7連勝中だったタマモクロス。ともに芦毛で、両馬の一騎打ちは、東西の両横綱が千秋楽にぶつかり合う全勝対決のようで、ファンを興奮させた。

 野武士・オグリキャップにはクラシックレースへの出走登録がなかった。日本ダービーなど3冠レース挑戦はかなわず、あとは古馬相手の天皇賞を制覇し、「現役最強馬」の称号を手にするだけだった。立ちはだかったのが1年先輩のタマモクロスで、「芦毛2頭のどっちが強いのか」。ファンの興味はその1点に絞られていた。

 空前の競馬ブーム到来。マスコミは「芦毛対決」と騒ぎ立て、その主役となった若駒オグリキャップは、それまで東京競馬場で2戦2勝。ニュージーランド・トロフィー4歳Sを、馬なりで7馬身差の圧勝。毎日王冠でもシリウスシンボリら古馬に完勝。一方、春秋の天皇賞制覇を目指すタマモクロスにとっては、初めての関東での一戦となった。

 単枠指定された2頭。タマモクロス(南井克巳騎手)は6枠9番、オグリキャップ(河内洋騎手)は1枠1番を引いた。「オグリは内に包まれて、窮屈な競馬にならないか」とちょっと嫌な感じがしたが、「負けるはずがない」との思いが強かった。

 オグリキャップは単勝1番人気の2.1倍で、前日オッズと同じ。タマモクロスは2.6倍で、枠連①-⑥は240円を付けていた。馬単や3連単などなく、単勝・複勝と枠連しかなかった時代。馬券の選択肢は限られていた。2頭以外のオッズは目に入らなかったが、ファン心理としては、単勝にするべきか、枠連にするべきか、微妙な数字だった。

 オッズを見つめながら、心は揺れていたが、このレースは「2頭立て」とも言え、最強馬を決める頂上決戦。優勝馬を当てたい衝動に駆られ、「オグリの方が絶対に強いはず」と、単勝1番に思い切って10万円をぶち込んだ。以前、笠松競馬で枠連1点買いの大勝負をして、外れたことがある額だったが、今回はどうだろうか。

 レースは、オグリ時代の名脇役レジェンドテイオーが逃げて5馬身リード。追い込み馬のタマモクロスだったが、「オグリの末脚にはかなわないかも」と感じたのか、南井騎手は2番手からの先行策を選択。タマモクロスを見るように7、8番手から追ったオグリキャップは、最後の長い直線で末脚の爆発力に全てを懸けた。

 坂を駆け上がって残り300メートルで先頭に躍り出たタマモクロスとは、まだ3馬身の差があったが、2頭のマッチレースに。エンジン全開となったオグリキャップ。あとは「差し切ってくれ」と祈ったが、ラスト100メートルからの2頭の脚色はほぼ同じ。「追ったが、差は詰まらない、届かない」。1馬身4分の1及ばずのゴール。芦毛の先輩タマモクロスが意地を見せて、史上初の春秋天皇賞制覇の偉業を成し遂げた。

 「中央競馬でオグリに初めての土」。馬券も外れて悔しさは募ったが、気迫を前面に押し出す力強い走りは見せてくれた。最後はきっちりと差し切る勝負根性から、「オグリはゴール板の位置を知っていた」といわれたほどだったが、「僕より先にゴールを駆け抜けるすごい馬がいたんだ」。人馬もファンも、タマモクロスの強さに脱帽するしかなかった。芦毛対決の2頭は最高のパフォーマンスを見せてくれ、永遠に語り継がれることだろう。