活気が戻ってきた笠松競馬場。レース本番に向けて攻め馬に励む若手騎手

 「待ち遠しいですね、早くレースで乗りたい」。早朝からの攻め馬に励む笠松競馬のジョッキー9人。一連の不祥事による自粛期間は8カ月と本当に長かったが、9月8日からのレース再開(無観客)に向けて闘志をみなぎらせている。

 他場に移籍していた競走馬のうち何頭かは復帰し始め、競馬場や厩舎に活気と明るさが戻ってきた。まずは再開を待ち望んで応援してくれる競馬ファンたちを大切にし、感謝する「ファンファースト」の精神で公正競馬をアピールし、信頼回復に努めていきたい。

 再開に向けた競馬演習では、所属馬のうち約300頭が模擬レースに出走し、能力審査を受けた。9月に入って、久々の実戦レースに向けた調教では、併せ馬などで走りを入念にチェック。若手騎手は先輩から騎乗方法のアドバイスを受けるなどして、本番に備えてスイッチオンとなった。

 ■「笠松競馬を盛り上げるよう、頑張ります」

 一時は調教手当しか収入がないなど、苦しい生活を強いられてきた騎手たち。再開を控え「(本番に向けて)ちゃんとできるといい」「楽しみです。笠松競馬を盛り上げるよう頑張ります」と胸わくわく。3日間とも12レースまであり、新人騎手も「半分ぐらいは乗れそうですね」と再開を待ち望んでいるが、厳しい騎手のやりくりの中、騎乗機会が増えることは確か。体調管理や落馬などのけがに十分注意して、レースに臨んでほしい。

 8月14日には、笠松競馬所属騎手1人のコロナウイルス感染が確認されたが、その後は回復して調教にも復帰。周囲を心配させたが、体調については「すごくいいです。レースに向けて整えていきます」と元気そうだ。他の騎手らへの感染拡大はなく、まずは一安心である。

 演習では名古屋の騎手5人がサポートしてくれたが、コロナ禍による非常事態宣言が岐阜、愛知両県にも発令された。所属騎手9人という数字はレース運営上からもデッドラインに近い。名古屋からの助っ人は笠松再生への「頼みの綱」でもあり、初日から7人が来てくれる。

ゴール板がリニューアルされ、レース再開へ向けた準備が進む笠松競馬場

 笠松所属馬は、他場へ移籍するなどして100頭ほど減少したが、400頭以上が厩舎に残っており、自粛中の攻め馬は、所属騎手だけでは足りず。調教は午前1時半から9時ごろまで、約15分刻みで1時間に4頭ほど。過密スケジュールの中、1人で30頭以上を乗りこなす騎手もいる。
 
 深刻な騎手不足を解消するため、厩務員らも多く騎乗。笠松の騎手候補生として、2人ほどが騎手免許試験の「一発合格」を目指して攻め馬に励んでおり、来年5月ごろには受験するそうだ。不祥事続きで、当面は新人のデビューや他地区からの期間限定騎乗が見込めないため、「自前のジョッキー」を育てていくことが、騎手不足を補うための近道になる。このほかインド人厩務員(4人ほど)の姿が目立つ日もあり、楽しそうに攻め馬に励んでいる。母国での騎乗経験者もいて、貴重な戦力になっている。

 生まれ変わる笠松競馬。レース再開に向けた施設整備では、ゴール板をリニューアル。「パッと見は特に変わらなく、(文字が)オレンジ色になっただけですけど」と騎手たち。再スタートとなる8日の第1レースは800メートル戦。真新しいゴール板を真っ先に駆け抜ける競走馬と騎手は? 来場する取材陣やネット越しのファンの注目を浴びそうだ。無観客になったことで、返し馬などで騎手らへの厳しいやじが飛ぶことはないが、観客入りになったら、ちょっと聞いてみたいものだ(コロナ禍で大声は出せないが)。

 ■「フェアプレー精神」でゴールを目指せ

 競馬専門紙(エースや東海)を手に、出走表を見ながら「走るドラマ」の予想をすることは、オールドファンらの観戦スタイルだが、コロナ禍もあって様変わり。情報はネットでの無料公開やスポーツ紙が頼りになるが、騎手らの不正行為で笠松競馬に対するファン心理は微妙。裏切られた思いで「笠松の馬券はもう買わない」という人も多いだろうが、初日から10~12頭立てで好メンバーになった。インターネット投票は「オッズパーク」、「楽天競馬」、「SPAT4」が発売を再開する。「JRAネット投票」の再開は未定。

 一連の不祥事では騎手8人、調教師5人が「引退」となり、大きな代償を払った。当欄では「うみを出し切って浄化を」とか、「公正競馬を確保して信頼回復を」といったフレーズを何度も並べてきたが、笠松競馬場の再生のためには、再出発への決意を風化させないことだ。それでも「馬券の不正購入は麻薬のようなもので、いつかまたやる」という厳しい見方もある。調整ルームや業務エリアをはじめ、競馬場内での監視の目を光らせて、抜け道をつくらないよう、あらゆる角度から不正の芽を摘み取っていくことが大切だ。

わずか9人になった笠松競馬の所属騎手一覧表。正門と東門に掲示されている

 残った騎手9人は10~50代の少数精鋭。競馬場正門と東門に掲示されている「笠松競馬所属騎手一覧表」を見上げると、激減ぶりが実感でき、寂しい限りである。地区交流がある名古屋の22人、金沢の21人、園田の30人と比べれば半分以下で非常事態だ。今回と同じように、昭和の時代の不祥事でも騎手数は大幅に減ったが、何とか耐えて次世代エースを誕生させた。

 1975年、八百長・覚醒剤事件で騎手ら19人が競馬法違反の疑いなどで逮捕され、自粛となったレースは2カ月後に再開(12月)。翌年3月まで苦しい時期を耐え忍び、4月には川原正一騎手ら、10月には安藤光彰・勝己兄弟、浜口楠彦騎手らがデビュー。フレッシュな顔ぶれで新風を吹き込み、その後は笠松競馬を背負うようなトップジョッキーに成長し、競馬場再興へとつなげた。今回も、その時の教訓を生かして、新たな戦力が加わるまで踏ん張っていきたい。

 再開後の笠松のレースでは、NARの裁決委員のほか、競馬ファンも「おかしな動きはないか」と騎手の騎乗ぶりや競走馬の走りに厳しい視線を送るだろうが、無気力騎乗などで疑念を抱かせてはならない。残った9人に求められるのは「よりクリーンな騎乗」である。笠松時代にNAR表彰を受けた川原騎手のような「フェアプレー精神」に徹して、人馬一体でゴールを目指してもらいたい。

 ■笠松競馬情報提供、「関与停止」の元騎手2人は不起訴

 競馬組合は4月21日、情報提供の見返りに金品を受け取ったとして、時効が成立していない競馬関与停止(5年と1年)の騎手2人を競馬法違反(収賄)で刑事告発していた。県警は情報提供での賄賂の疑いで、その後引退となった騎手2人を書類送検。岐阜地検は、「犯罪を証明できるに足る十分な証拠が得られなかった」とし、元騎手2人を嫌疑不十分で不起訴処分とした。

 新聞紙上の記事では小さな扱いだったが、競馬組合の4月の行政処分は的確だったのかどうか。馬券不正問題では競馬関与停止(1年と6カ月)の行政処分取り消し求め、元騎手2人が岐阜地裁に提訴しており、今後の展開が注目される。
 
 ■クリーン化、地方競馬全体に波及を
 
 8カ月に及ぶレース中止の間、競馬ファンからは「買った馬券の金を返せ」などと厳しい批判の声も相次いだ。当欄では、過去10年ほど、笠松競馬に関わるアクシデントが多発していたことから、再発防止を促すとともに皮肉を込めて「不祥事のデパート」と呼んできた。ここ1年余り、馬券の不正購入、多額の所得隠しなど大きな問題が噴出。第三者委員会の報告書では、事件の背景には、調整ルームの監視などが不十分で、騎手らの不正を防げなかったとして「競馬組合の怠慢」も指摘した。

 2004年の廃止のピンチでは、全国の著名な地方競馬ライターやファン有志が「何とか存続を」と笠松競馬に救済の手を差し伸べてくれた。一方、今回の事件については、ほとんど触れられることなくスルーされ、残念だった。本年度のNARのスローガンは「チーム地方競馬」。笠松の不祥事は地方競馬全体の問題でもあり、他地区から厳しい意見や提言があってもいいのだが...。

 ファンの間では「どうして笠松ばかり」といった声もあるが、NARでは「今回の笠松の事案は特別」として、騎手・調教師計13人を引退させる厳しい対応となった。地方競馬を覆う「黒い霧」の停滞に危機感を抱いて、隠ぺい体質の笠松競馬に対して強い指導力を発揮したとみられる。笠松の事件は結果的に「見せしめ」になった印象もあるが、不正摘発のモデルケースとして一定の歯止めになり、10年、20年後に地方競馬全体のクリーン化が進んでいたとしたら幸いである。

8カ月ぶりとなるレース再開に向けて、競走馬の仕上げにも力が入ってきた

 ■ファンに対してきちんとした形で謝罪を

 笠松競馬再開初日(8日)の1Rは午前11時30分発走。メイン12Rは「ひるがの高原特別」(B1組)、2日目メイン11Rは「キンレンカオープン」(3歳オープン)。3日目には2歳新馬戦を4Rと5Rで実施。メイン12Rでは「東海クラウン」(オープン)=オータムカップのトライアル=が行われる。ネット投票は3業者で発売されるが、場外発売はコロナ禍の影響で、名古屋や関東では実施されず。兵庫、金沢、佐賀競馬場などでは購入可能となる。

 初日の第1レース前には「再開セレモニー」(午前10時50分~)が行われ、ユーチューブで映像配信される。管理者をはじめ、県調騎会のあいさつがあるが、現役の騎手・調教師全員がスタンド前に並んで、ネット越しのファンに対してきちんとした形で謝罪し、不正の根絶を宣言するべきである。これだけ長期間、レースを休止してきたのだから、浄化・再生への本気度を、現場のホースマンの決意として、ファンにしっかりと伝えてほしい。ネット上の画面や新聞、テレビのニュースを通して、その対応には厳しい目が注がれる。
 
 ファンサービスとしては、県産品プレゼント(応募方法・笠松競馬公式HP)や競馬専門紙WEB無料公開(エース、東海)を実施。有観客になれば、入場無料をはじめ、特別観覧席利用者には競馬専門紙を無料配布する(先着100人)。第2回開催となる9月21日からの4日間は、コロナ禍の状況にもよるが、観客入りでの開催を期待したい。新たな競馬ブームを支える「ウマ娘」ファンにとって、オグリキャップ像は聖地巡礼の目玉になるが、来場はもう少し我慢していただきたい。

 昨年6月に発覚した騎手、調教師による馬券購入事件で大揺れとなった笠松競馬。警察や国税局による摘発の強烈パンチを受けて、フラフラになってダウン。KO負け寸前だったが、カウント8でようやく立ち上がった段階だ。反撃に向けてファイティングポーズを取ることができた。

 「立ち上がれ、あしたのために」の連載は今回(その31)でファイナルラウンドにしたい。不祥事の再発で「パート2」がないことを願っている。