岐阜新聞・岐阜放送懇談会
謀反人、高い能力の武将 <岐阜2月例会>
静岡大名誉教授 小和田哲男氏

2019年02月19日 10:17

近年の研究などで分かった明智光秀の実像について語る小和田哲男氏=岐阜市長良福光、岐阜都ホテル

近年の研究などで分かった明智光秀の実像について語る小和田哲男氏=岐阜市長良福光、岐阜都ホテル

◆テーマ「明智光秀の実像に迫る」

 岐阜新聞・岐阜放送懇談会の2月岐阜例会は18日、岐阜市長良福光の岐阜都ホテルで開かれた。静岡大名誉教授で戦国史が専門の小和田哲男氏(75)が「明智光秀の実像に迫る」と題して講演。主君の織田信長を討った謀反人のイメージが強い光秀だが、「当時の戦国武将の中でもトップの能力を持っていた」と語った。

 光秀は一般的に、信長の比叡山の焼き打ちに抵抗したとされるが「実は積極的に加担しており、信長は光秀を最高の功労者として、坂本城主に指名した」と小和田氏は説明。信長の家臣で初めて一国一城のあるじとなり、京都では馬揃(そろ)えの責任者に抜てきされるなど、信長から高く評価されていた光秀の横顔を紹介した。

 戦国史最大の謎、本能寺の変を起こした動機については「『信長非道阻止説』を唱えている。朝廷に無理難題を言い暴走する信長を止めようとしたのでは」と自説を述べた。

 小和田氏は光秀が主人公の2020年放送のNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」で時代考証を担う。光秀も尽力した金ケ崎の戦いの撤退作戦が、後世には豊臣秀吉一人の軍功に書き換えられたことを例に挙げ、「歴史は勝者が書く。ドラマでは敗者である光秀の目線に立った戦国時代を見てみたい」と意気込んだ。

 光秀の前半生に関わる県内のゆかりの地にも触れ、土岐氏が拠点とした大桑城(山県市)の城下には「越前堀」という堀があったといい、「越前の朝倉氏が築城を援助したのでは」と関心を寄せた。

 光秀の出生地として有力視される明智長山城(可児市)は、近年の調査で遺構は発見されていないが、「大屋敷など城にまつわる地名が城下に残っている。山上は立てこもる城で麓に普段の屋敷があったとしても不思議ではない」と推測した。