2年前に離婚し、恥ずかしながら次の伴侶を探すため、おずおずと婚活サイトに登録したことがある。

 スマホにアプリを入れると、次々おすすめの男性のプロフィールが浮かび上がってきた。居住地、職業、結婚歴、年収、煙草(たばこ)やお酒の嗜好(しこう)、そして顔写真。でも、婚活サイト用に満を辞して取られただろうとびっきりの笑顔の写真を見ていると、何が本当なのか次第にわからなくなってくる。もともと私はいわゆる面食いとか高スペックな男性が好きな人間ではなく、人の仕草や醸し出す雰囲気や言葉遣いなど、価値にしにくいものに惹ひかれがちだ。そんなわけでサイトの笑顔を次々スワイプしながら、何をどう判断していいかわからず、いつの間にかぐったりして退会、という流れが3回以上続いた。

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(撮影・三品鐘)

 そんな中、なんの脈略もなく、とびきり美しい姿の男の子にあった。美しいのは姿だけでなく、言葉遣いや箸遣いまで。どきどきしてふと彼の生い立ちの話を聞くと、まるで頭から背中にかけて、ばっくりと大きな火傷(やけど)がまだしゅうしゅうと煙を立てているような辛(つら)い過去の傷が覗(のぞ)いていた。大変だったね、と言うと、いや、いろいろありましたよねえ、と彼はにこにこしている。過去の火傷を癒やしながら、きっとこれから彼は未来に向かって立ち上がるんだろう。

 そう思うと、どんな人だってたくさんの過去や苦しみを背負っているのだという、当たり前の事実に気づく。そうだ、どうして私はプロフィールの笑顔なんかで人を判断しようとしたんだろう。きっと、人の本性は、作られた笑顔なんかではなくて、人の背後に宿るものなのに。

 人と人が向き合う姿は美しい。カフェやレストランでふと隣り合わせた友人、家族、恋人同士が向き合って睦(むつ)まじくしているのを見ると、それだけで幸せな気分になってしまう。でも彼らが睦まじいのは、きっといつも向き合っているからではない。互いの背後の影を確かめながら、横顔の気まずい苦笑いを許しあいながら、足元の速度を調整しながらも一緒にいるからこそ、きっと今こうして笑顔で向き合っていられるのだろう。

 あなたの背中を見せてください。きっと傷だらけの、でも美しい、あなたの背中を見せてください。きっとその背中を見せてくれたあとの表情こそ、本当のあなたのとびきりの表情のはずなのだ。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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