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ふるさとへの便り

子どもらに日本語教育

ドミニカ共和国



休み時間に教室のホワイトボードに絵を描く女の子=ドミニカ共和国
休み時間に教室のホワイトボードに絵を描く女の子=ドミニカ共和国

 「fresaはにほんごでなんですか↑いちごです」。教室のホワイトボードの隅にヒントとなる日本語の文を書いておきます。知りたい言葉があったとき、すぐに質問できるように。

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴い日本への退避が決まるまで、私はJICA海外協力隊員としてドミニカ共和国で子どもたちに日本語を教えていました。校庭の周りにはマンゴーの木が幾つかあり、まだ青い実がたくさんぶら下がっていました。日本語学校の昼食はカレーライスやおにぎり弁当の日もあって、楽しみな時間でした。

 メキシコの東側、中米カリブ海の中の小さな島。コロンブスの上陸以降、さまざまな移民を受け入れてきたこの国への日本人の移住の歴史は、第2次世界大戦が終わって少したった1956年にさかのぼります。今、日本語を勉強している子どもたちは、その方々の孫やひ孫に当たります。子どもたちはもちろん、彼らのお父さんやお母さんもドミニカ生まれ、ドミニカ育ち、普段の生活で使うのはスペイン語です。子どもたちは外国語のように「あいうえお」から勉強します。

 休み時間、校庭ではドッジボールや鬼ごっこが始まります。黒板の落書きには動物や花の絵に交じってドラえもんや鏡餅。一緒に折り紙やあやとりをしたり、歌ったり。日本からやって来た私も、彼らにとっては日常の一部にすぎません。「異文化理解って何なのだろう」。ドミニカと日本、両方の文化の中に溶け込むような毎日を送っていると、そんな境界線についてふと考えます。

 今年3月に日本に帰国して、もう半年以上が過ぎました。非日常の中で始まったオンライン授業も、今では遠い国で暮らす子どもたちとつながる日常となりつつあります。

 浅井里美さん 日本語教育を経験し昨年より日系社会青年海外協力隊員としてドミニカ共和国へ派遣。日系日本語学校教師。本巣市出身。




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