岐阜新聞Web

  • 美濃
  • 飛騨
  • 美濃
  • 飛騨


ふるさとへの便り

日本商人の思い重ねる

ベトナム



ホイアン旧市街にある日本橋(来遠橋)=ベトナム
ホイアン旧市街にある日本橋(来遠橋)=ベトナム

 昨年12月に、十六銀行よりベトナム投資開発銀行(BIDV)へ派遣されてから、およそ1年が経過しました。赴任当初、ベトナムは中部国際空港からの直行便で「いつでも日本と行き来ができる国」でしたが、今年1月末のテト(旧正月)明けから拡大した新型コロナウイルスの影響で状況は一転しました。現状、日本からベトナムへ入国するためには、政府指定施設での14日間隔離が原則義務付けられていますので、今回の年末年始、年明け2月10日から16日までのテト休暇は、日本に帰国せずベトナム国内で過ごすことになりそうです。おそらくベトナム現地で仕事をしている日本人駐在者のほとんどが同じ境遇ではないでしょうか。

 そう思うと、ふと日本が恋しくなり、ベトナムにいながら日本を感じられるという、中部沿岸部にある古都ホイアンを訪れてみました。旧市街の「古い町並み」、2~17世紀に栄えたチャンパ王国の聖地「ミーソン遺跡」といった世界文化遺産を見学し、日本の伊勢うどんがルーツという説もある米製の麺料理「カオ・ラウ」を堪能しました。薄味ですが、太い麺と器の底にたまったタレが本場の伊勢うどんをほうふつとさせます。

 日本との交流の歴史は16世紀末から17世紀初めにかけて豊臣秀吉、徳川家康が行った朱印船貿易にさかのぼります。当時、中国、インド、アラブを結ぶ東西交易の中継都市として繁栄していたホイアンには、日本からの朱印船が頻繁に往来し、大規模な日本人街が形成されていました。2万ドン紙幣に印刷されている来遠橋は、1593年に日本の商人たちによって架けられたといわれ「日本橋」とも呼ばれています。およそ400年前、この地で躍動した日本人商人と自身を重ね合わせ、残されたベトナムでの1年間、何をすべきか改めて自問する機会となりました。

 川畠宏保さん 2005年に十六銀行入行。19年12月よりベトナム投資開発銀行(BIDV)ジャパンデスク勤務。愛知県あま市出身。




過去の記事